明治神宮御苑の菖蒲田。丘の上の四阿(あずまや)へといざなうように、ゆるくカーブした小径に沿って花の群落が続く。奧に長く、全体が見渡せないつくりが魅力。杜に囲まれているため、都内の他の花菖蒲園より開花が1週間ほど遅い。静謐な杜に潜む歴史的名花の宝庫
明治天皇の慈愛が育んだ花の散策路──明治神宮御苑(東京・渋谷区)
明治神宮の敷地には、かつて熊本藩加藤家、次いで彦根藩井伊家の下屋敷があり、明治維新後、御料地となりました。
明治天皇は閑寂で野趣あふれる庭園をいたく気に入られ、ここを昭憲皇太后のために整備することをご発案。谷間にあった水田には花菖蒲を植えよと命じられ、御自ら図面に手をお入れになるなど、熱心に指図されたそうです。
当時ご体調が芳しくなかった昭憲皇太后が御苑を散策なさることで適度な運動と気分転換になればと、細部にまで気を配られたのでしょう。
こうしたご慈愛に満ちた造園設計のおかげで、全容が一望できる花菖蒲園と異なり、曲がりくねった小径に沿って杜の中を奧へ進むにつれ、眺めが移りゆくさまには格別の趣があります。
北側から菖蒲田の入り口がある南側を見る。日が高くなり、花の色がより鮮やかに。花菖蒲の花の命は約3日で、1日目と2日目でも色が異なる。1本の茎から2輪の花が咲き、1番花がしぼんで数日後に2番花が開花するため、1本の花茎から咲く花が1週間程度楽しめる。そして、この御苑のもう一つの魅力が、江戸で生まれた江戸系花菖蒲の中でも由緒ある品種が大切に受け継がれていること。特に後述する「菖翁花(しょうおうか)」という歴史的名花が多く現存し、ほかではあまり見られない品種もあります。
ともに菖翁花で、右は「連城璧(れんじょうのたま)」。中国のある王が宝玉欲しさに、15の城と交換しようといったという故事からつけた名前。左は「鶴の毛衣(けごろも)」。先端がやや尖ったような花弁が特徴。御苑の管理を行う「林苑」の田村耕一郎さんによれば、品種を保存するには実生(みしょう)ではなく株分けが基本なので、花期には毎日花殻を摘みながら、種が落ちていないか、来年の花芽はついているかを確認。
花後は一部を掘り上げて株分けし、別の場所で管理するため、毎年数名で2万ポットもの植え替えを行うとのこと。
美しい景観は歴史ある花を後世に伝えようとするかたがたの弛まぬ努力の賜物といえるでしょう。
加藤清正が掘ったといい伝えられる「清正井(きよまさのいど)」。今も清水が湧き出し、南に続く菖蒲田を潤す。※この記事は、『家庭画報』2020年5月号取材当時の情報です。開苑状況等は変更となっている場合もありますので、最新情報は公式ホームページ等でお確かめください。●明治神宮御苑
東京都渋谷区代々木神園町1-1
TEL:03(3379)5511
URL:
https://www.meijijingu.or.jp/JR原宿駅から徒歩1分(御苑東門まで徒歩5分)
開苑/日の出~日の入り(6月は8時~17時、土曜・日曜は18時まで)
入苑料/500円(御苑維持協力金)
見頃/6月中旬~下旬
表示価格はすべて税込みです。
撮影=本誌・坂本正行 構成・文=大山直美 イラスト=ウエイド 編集協力=日本花菖蒲協会 写真提供=明治神宮 片岡 巖/アイノア
『家庭画報』2020年5月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。