右・採用にならなかったポスターのデザイン99案が描かれた貴重なメモ用紙の束を拝見。左・ポスターの原画。近くで見ると、背景の黒い部分にはシャーペンの短い線がびっしり。緻密で地道な作業に息をのみます。全面手描きにこだわったのは「オリンピックが身体の限界に挑む競技だから」とのこと。スキャンしてパソコン上で色をつけて仕上げています。自問自答しながら描いた100のデザイン
松岡 この作品以外に99ものデザインを考えて描かれたそうですね。
佐藤 はい。考え始めたら面白くなってしまって。頭をフル稼働して「こういうのはどうかな」「いやダメかも」などと自問自答しながら描いていたら、そんな数になりました。
松岡 100作も描かれる前に、周囲の人から「それがいい」といわれたこともあったのではないですか。
佐藤 ラフはいつも誰にも見せないんですよ。
松岡 誰にもですか?
佐藤 1人黙々と作るんです。このときは移動中の飛行機や新幹線のなかで描くことが多かったですね。
松岡 でも、途中でもう1人の卓さんが「お、これいいじゃない」といったこともあったでしょう。
佐藤 ありました。
松岡 でも、そのデザインには決めなかったのですね。
「デザインの仕事には自分を疑うという作業が必要なんですね」── 松岡さん
佐藤 これはいいと思っても、翌日必ず冷静な目で見直すんですね。そうすると、そうでもなかったな、と思うことがままあるんです。
松岡 ということは、自分を疑うという作業が必要なんですね。
佐藤 そのとおりです。自分をどれだけ疑えるかが、デザインをするうえで非常に重要です。
松岡 今のデザインを考えた後で、それまでの99の案に戻ったことはありましたか。
佐藤 それはないです。これはこういう理由で違うな、と1つ1つ考えながら捨てていっているので。
松岡 なるほど。感覚的にではなく、具体的な理由をもとに判断していくのですね。
佐藤 はい。ですから後戻りはしませんが、もっとほかの方向があるかも、という思いはなかなか消えません。それでも仕事にはタイムリミットがありますから、今できる最善はこれだ!と信じて仕上げます。