ポスターに隠した秘密のメッセージとは
松岡 タイムリミットのことを考えると、卓さんは時間に苦しめられる半面、救われているところもあるわけですね。時間をテーマに作品を作られたことはありますか。
佐藤 ある意味、このポスターは時間を視覚化したものなんです。亀倉さん(亀倉雄策。1964年東京オリンピックのポスターを手がけたグラフィックデザイナー)のポスターは一瞬を切り取った静的なものでしたが、私は動的なものを作りたかったんですね。
ですから、おのずと時間の流れもキーワードの1つになっています。ところで、このポスターには秘密が隠されているんですが、わかりますか?
「イメージを自由に膨らませることで見る人も参加できる。それが21世紀のポスターです」── 佐藤さん
松岡 秘密ですか? どこにでしょう......わかりません。
佐藤 実は、この小さな赤い点を目で追っていただくと、
松岡 あ、ハートになっています!
佐藤 そうなんです! 世界中の人たちが一つになるために、いちばん大切なのはハートなので。この赤いハート、スマートフォンではわからないんですよ。
小さな画面でポスター全体を見ると点は見えず、点がわかるまで拡大するとハートの形がわからない。実際のポスターを見ないとわからないようにしたんです。
ポスターのアップ。赤い点をつなぐとハート形になります。佐藤さん曰く、普段の仕事でもしばしば“隠しごと”をするのだそう。「もちろん許されれば、です(笑)」。「世界中の人たちが一つになるために、いちばん大切なのはハートです」── 佐藤さん
松岡 どのような思いからそうされたのですか?
佐藤 「大切なものは目に見えない」といいますよね。サン=テグジュペリの『星の王子さま』の言葉ですが。
ハートに気づいた人はたぶん一緒に見ている人に話すと思うんです。そこからじわじわと伝わっていって、誰かが「実際のポスターを見てみたい」と思ってくれたらいいなと。
松岡 そんな思いが込められていたんですね! でも、この赤いハート、僕はもっと伝えたいです。知らずにポスターを見たら、なかなか気づかないと思うので、もったいない!
佐藤 それでいいんです(笑)。世の中、一見してわからないことがいっぱいあったほうが面白いと私は思うんです。
現代はスマートフォンなどのデジタル機器でどんな情報でも手に入ると思っている人が多いでしょう? でも、実際に見ないとわからないこともたくさんある。スマートフォンで見てなんでもわかった気になるのは間違いですよ、というメッセージも込めているんです。
「ポスターを拝見したとき、『動いてる!』と思いました」と熱っぽく語る松岡さん。事態が収束した後の世界に希望を持って
松岡 卓さんはこれからの人生をどんなふうにデザインしていきたいと思われますか。
佐藤 人生ですか。大好きなサーフィンのように波に合わせて生きていきたいですね。波と同様、人生も思いどおりにはならないじゃないですか。でも一方で思いがけない嬉しい出会いもありますから、そういうことを楽しみに生きていきたいですね。
松岡 思いどおりにならないといえば、冒頭でも話題になりましたが、今の世界がまさにそういう状況です。
佐藤 新型コロナウイルスのことは、全人類が直面している大きな危機ですよね。命を落とされたかたは本当にお気の毒ですし、我々だっていつどうなるかわかりません。
今語るには非常にデリケートな話題ですが、私はやがて我々の思考のなかにもウイルスの抗体とでもいうべきものが生まれてくると思っているんです。14世紀にペストがヨーロッパで大流行したことと直後のルネサンスは無関係ではないといわれています。抑圧された状態から解放されたとき、ものすごいエネルギーが生まれるだろうというのは、なんとなく予測ができるんですね。
松岡 希望が湧くお話です。
佐藤 今は深刻な状況ですが、少し目線を先に向けて事態が収束した後のことを考えると、ちょっとだけ元気になれる気がしています。
松岡 卓さんの言葉に元気をいただきました。一日も早く事態が収束し、世界中の人々がオリンピック・パラリンピックを楽しめる世の中になることを心から祈っています。
撮影/鍋島徳恭 スタイリング/中原正登〈FOURTEEN〉(松岡さん) ヘア&メイク/大和田一美〈APREA〉(松岡さん) 取材・文/清水千佳子 撮影協力/TSDO