人生を楽しむライフスタイルの拠点「豪邸拝見」 第6回(全10回) 人生で成功を収め、社会的な立場が上がっていくと、住まいは、「家族の器」としての本来の機能から拡大し、「社交の場」としての役割も求められるようになってきます。住まいという最も私的な場所にゲストを招くという行為は、それだけでもろ手をあげた最大限の友好の表明。それゆえにゲストとの親密度は一気に増します。心を開き、共通の友人を招いて、家族ぐるみのおつきあいをする──そのことで人生はよりいっそう潤いを増します。住まいを拠点に人生を貪欲に楽しむ人々を追いかけました。ここで養う英気が、次の幸運を引き寄せます。
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── 松山邸(鹿児島・奄美大島)
秘蔵の大島紬で来客を出迎える松山茂治さん。軒の長い陸屋根はガジュマルの生い茂る枝と葉の役割を果たす。鹿児島県奄美大島では、人々がガジュマルの木の下に集まる習慣があります。
夏の強い日差し。年間150日は降るという雨。島の厳しい自然から島民を守ってくれるのが木陰だったのです。
厚さ8ミリの板ガラスを2枚重ねにして台風に耐える強度を出した大窓。庭にはバーベキューも楽しめるコンクリートのテラスを設けた。島で生まれ育った松山茂治さん、省子さんご夫妻が終の住処として地元に建てた家は、そんな伝統をモダンな建築に再解釈した住まい。設計は息子である建築家の松山将勝さんです。
庭が見渡せるガラス張りのエントランス。奄美大島の庭木といえばソテツが定番の中、地元で探した里山風の低木を集めた優しい風情の庭。来客が泊まれるモダンな和室。「台風などの被害を避けて、敷地内に小さな家を分けて建てる“分棟”という建築文化があります。この家も亜熱帯気候の厳しさに対しては閉じ、室内は開放的に。居間を中心に寝室や和室、浴室をコンクリートの小さな箱を並べたような間取りです」(将勝さん)。
【House for Parents】
奄美大島を愛する
夫婦のための終の住処
右から省子さん、福岡に住む息子の将勝さん、茂治さん。奄美大島には起源を1300年前に遡る奄美大島紬の伝統があります。
ご主人の茂治さんは織元として織り手と売り場を結ぶ業務に長年携わりながら、新築を機に人生を謳歌する日々を楽しんでいます。
〔大島紬の伝統を守る〕
島で最長老の紬の織り手の1人、前田幸代さん。亀甲という微細な模様を手際よく織り上げてゆく。「紬は裂き織りや泥染めなど工程ごとに職人が分かれ、茂治さんが完成までみんなの面倒を見てくれました。私も昔に比べて手が遅くなった」と笑います。海に囲まれた島では、天候や潮の具合が日々の暮らしにかかわります。奥さまの省子さんも日中は家庭菜園の手入れに余念がありません。
さらにこの数年夢中になっているのが「いざり」と呼ばれる奄美の伝統的な潮干狩り。
冬の引き潮の夜、仲間の女性たちと連れ立って干潟で貝や蛸を集めます。「いつのまにか本格的に入れ込んでしまって」と省子さん。
島料理が盛りつけられた有田焼の器は、省子さんが長年集めてきたもの。食卓いっぱいに並べた島料理が、何よりのおもてなし
晴天に恵まれれば茂治さんは自前の船を出して釣りへ。松山家のキッチンには地元で採れた野菜や海鮮類があふれています。
「採れたての素材で、島料理を食べきれないほど並べるのが私たち流のおもてなしです」と夫婦で声を揃えます。
おもてなしの日には近所の女性たちが惣菜を持ち寄り、助け合いながら宴を準備します。
とりとめもない話がキッチンと居間を飛び交い、鶏飯やゆでた貝、豚骨と切り干しだいこんの煮ものなど伝統料理が次々と並べられます。
左・自前の船を出して釣りへ出る茂治さん。 右・島の伝統的な軍鶏を雛から育てて愛でるのも茂治さんの趣味。「ダイニングテーブルよりも、床に座って座卓を囲むのが島のスタイル。居間からの眺めは、座り目線に合わせて考えて設計しています」と将勝さん。
どんなに住まいが現代的になっても、ガジュマルの木の下と同じように、島の温かなおもてなしの習慣は変わらないままです。
「1人でも無理なく世話ができる広さで」と省子さんからリクエストがあった家庭菜園。ブロッコリーや春菊が生育中。家の裏には収穫物の泥を落としたり、魚介の下ごしらえができる屋外キッチンを設けた。勝手口から屋内のキッチンへ行き来できる。「これも島暮らしの習慣から生まれた生活動線」と将勝さん。松山建築設計室奄美大島出身の松山将勝氏が設立。福岡を拠点に日本全国で活躍する建築設計事務所。端正で直線的な作風で、医療施設から住宅までを手がけ、日本建築学会などの受賞多数。将勝さんの明るい人柄も多くの依頼主から信頼を得ている。 撮影/本誌・坂本正行 取材・文/本間美紀 スタイリング協力/山田喜美子
『家庭画報』2020年6月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。