世界に誇るニッポンの花遺産 受け継がれる名花「花菖蒲」を巡る 最終回(全5回) 初夏から梅雨にかけて季節を彩る花菖蒲は、江戸時代後期に飛躍的に発展した日本古来の伝統園芸植物。生涯をかけて品種改良を行い、優れた品種を多数生み出した「菖翁」と呼ばれる一人の旗本の存在と、花菖蒲の群生を見せるという堀切発祥の江戸の新名所「花菖蒲園」の誕生が、その歴史を大きく変えたのです。ここでは、江戸から受け継がれる名花を今も大切に育てる3つの花菖蒲園を紹介するとともに、花菖蒲にまつわる歴史や文化を掘り下げました。
前回の記事はこちら>> ※以下の記事は、『家庭画報』2020年5月号取材当時の情報です。開苑状況等は変更となっている場合もありますので、最新情報は公式ホームページ等でお確かめください。 札幌市郊外にある広さ1.5ヘクタールの花菖蒲園。ポプラや白樺の並木に囲まれ、ゆるやかに傾斜した芝生の丘を背景に、約450種類、7万株の花菖蒲が咲き競い、風に揺れるさまは壮観。菖翁花から新品種まで幅広く栽培されている。手前の濃い紫は「濡燕(ぬれつばめ)」、その奧の白と紫の2色花は「千代の春」。見晴るかす平原は花一面のカーペット
北の大地で「菖翁花」を受け継ぐ
──八紘学園 北海道農業専門学校 花菖蒲園(北海道・札幌市)
芝生の丘とポプラや白樺の並木をバックに、広大な平原一面に咲き誇る色とりどりの花菖蒲。一般的な花菖蒲園とはスケールが違う雄大な風景に圧倒されますが、それもそのはず、ここは北海道にある花菖蒲園。
八紘学園とは2年制の北海道農業専門学校を運営する学校法人で、花菖蒲園を管理しているのは若い学生たちです。
早朝から開園の準備を行う学生たち。右から島田淳彦さん、原 悠人さん、駒澤 賢さん。みな専攻に分かれる前の1年生で、たとえ畜産志望でも花菖蒲園の管理は全員で分担。他の実習と比べ花菖蒲園での実習は重労働で、最も大変なのは草取りだそうだ。「朝早いので夜10時頃には寝てしまいます」と笑う。この花菖蒲園誕生のきっかけは、創立者の栗林元次郎さんが昭和30年代に東京から数株の苗を持ち帰ったことでした。もともと植物好きだった栗林さんは、明治神宮御苑の花菖蒲に魅せられ、当時、百貨店で開かれていた花菖蒲展示即売会に出向いて毎年苗を購入。
初めは農場の一角で栽培していましたが、次第に規模が拡大して花も見事になり、見物客が増えたため、昭和40年代に本格的な花菖蒲園として整備・公開することになったそうです。
今では開花期には大勢の市民が訪れる花の名所になり、毎年楽しみにしているリピーターも多い。なかには「菖翁花」を目当てに、わざわざ本州から足を運ぶ花菖蒲マニアもいるという。ここでは八紘学園オリジナルの品種をはじめ、江戸系・肥後系・伊勢系を問わず、新旧さまざまな品種が幅広く栽培されていますが、特筆すべきはその中に「菖翁花」も数種類含まれていること。
こちらの記事で紹介した名花「宇宙」の写真も、ともにこの花菖蒲園で咲いたものです。
花菖蒲は花卉(かき)栽培を学ぶ若者の教材
学生の指導にあたる馬場洋二さんによれば、花菖蒲は江戸時代から続く古典園芸植物でありながら、20年来取り組む自分でも手を焼く気むずかしい花だとのこと。
本来、湿地帯が最適な環境なので他の園では開花期は水を張った池のような状態にしていますが、八紘学園の圃場は畑の状態で管理しているため、他とは異なる苦労があるそうです。
長年、八紘学園で学生の指導にあたる花き科科長の馬場洋二さん。開花期の手入れもさることながら、もっと大変なのはむしろ残り約11か月のオフシーズン。春先はひたすら草取り、開花後は株分けの作業が続き、しかも大半が手作業。現在、園では連作障害を避けるため、株分け後の苗を一度ポットに移して越冬させ、初夏に定植しており、その数も膨大です。
花菖蒲園の管理を担うのは、農業を志して全国から集まった北海道農業専門学校の学生たち。開花期は早朝からの花殻摘みが欠かせない。「開園中は朝5時から掃除や花殻摘みに追われますが、学生たちはそうやってお客さまの迎え方を学びますし、お客さまからがんばってるねと声をかけられると励みにもなるんです」と馬場さん。
ここから、花を育てる楽しさと歴史ある花を未来へとつなぐ大切さを学んだ若者が、一人でも多く巣立つことを願ってやみません。
萌芽が始まった早春の花菖蒲園。畑とは別の場所で、株分け後にポットで越冬させる多数の株を管理するのも学生の仕事。右と中・いずれも馬場さんの前任で、新品種の育成にも努めた石山貞吉さん作出の花。右は「石狩川」、中は「並木路」。左・江戸古花の「桜川」。白地に紅紫の砂子が入り、遠目には桜色に見える。菖翁花ではないかといわれているが、著作には載っていない。●八紘学園 北海道農業専門学校 花菖蒲園北海道札幌市豊平区月寒東三条11丁目
TEL:011 (851)8236(八紘学園)
施設の詳しい案内はこちら>>地下鉄東豊線福住駅から徒歩10分
開園/8時30分~17時30分
入園料/無料
見頃/7月上旬~下旬
※開園期間は10日間で、2020年は未定。直接電話でお問い合わせを。
撮影=本誌・坂本正行 構成・文=大山直美 編集協力=日本花菖蒲協会 写真提供=八紘学園 森木和裕(イメージナビ)/アイノア TANIMOTO(イメージナビ)/アイノア アイワード
『家庭画報』2020年5月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。