山梨県
山中湖から見る赤富士
篠田桃紅さん推薦
ふじ 篠田桃紅
一(ひと)夏を、ふじ山のふもとで暮したが、ふじの完全な姿を見たのは、七、八回ぐらいか、十回に満たなかったような気がする。朝早起きして、赤富士を眺めても、数分でふじは雲にかくれてしまうことが多い。
雲にかくれる、と言うより、ふじ自身が雲を生み、それで身を包む、と言ったほうが当っている。山に当る空気は、見る見る雲化して、山を包むのだ。
雲が動いて少し山脈が見えたかと思うと、また次の雲に包まれる。ふじはきものを脱いだり着たりしている、生きもののようなリズムさえ感じられる。
片肩に、さっとひっかけたような雲、一刷毛(ひとはけ)描いたような、また羽毛のようにも見える白いもの、それ自身生きもののように身じろぎ肩を抜くように動き、また柔らかく撫でるようにずれていって、五合目辺まで降りてきて消えてしまったりする。
頂上のあたりに、ひさしの大きい帽子をかぶるように、ふと出現する雲とか、スカーフのようなうすものを展(ひろ)げたり、消したり、また、まるで筆描きのカスレのようにこまかな点々の連りで、山全体を包もうとしたり、それをサッとたたんで片付けてしまったり。
とにかくふじは雲を造り、雲を遊ばせ、たわむれ、泳がせ、しかもおのれは一指だに動かさず、微動だにしないのだ。
少しの風が起きたかと思うと、雲が切れ切れに散らばり、陽がまだ高い午後など、裾野一帯の草原に、散らばる雲の影、それを影地図と言った人がいるが、私はその地図、刻々と動き変わっていく地図を見るのが好きだ。
裾野一帯の途方もなく広い原野の、草や木の葉の擦れと、雲の影の揺れとが、重なり、触れたり離れたりして作る画は、人はどうしても作り得ない動画である。
その揺れ、はずみ、溶け込み、明暗に見入り、長い時間が過ぎるのも忘れ、いつか陽が昏(く)れて裾野一帯が蒼く深い色のひろがりになっているのにハッと気が付いたりするのだ。
そしてふと見上げると、ふじは濃紺のひと色に染まり、茜色の空の中に一段と大きく高く、そして静かに存在している。
こういうふじを、何十年にもわたって幾度か私は見てきたが、見る度に、静かな驚きを覚える。その都度、新しい山と出遇うような、それは親しみながらも、ハッとさせられるような思いである。
静かにうろたえる、と言えば矛盾しているが、そんな感じである。よく知っているつもりなのに、ふと突き動かされるものがある。
そして次第に濃紺を深めていく、大きなかたちの前で、私が、私自身がだんだん小さなものになっていくのを感じる。自然界の中の人間のひとりということがわかるのだ。小さく、しかもアリアリと。
ふじ山は、絵葉書などになり過ぎて、通俗な印象を持たれたりしてもいる。「ふじ山を美しいなどと言っているような美意識ではダメ」とおっしゃった画家もあったし、「ふじ山は二十分も見ていると飽きてしまう」という小説家の文も読んだことがある。
だがまた「ふじが美しいのは、頂きに氷、底に火、その両極を持っているからだ」とふじを愛した詩人・草野心平さんは書かれていた。
また「おのずから位を超えし白雪のふじよとかくの論無かりけり」と歌った歌人もいる。有名な「ふじには月見草がよく似合ふ」(太宰治)というのも、ほんとうだと思うし、万葉集の昔から「語り継ぎ言い継ぎゆかむ不盡の高嶺は」と歌われてきたのだ。〈中略〉
とにかくふじ山の、長く、大きな存在は、いろいろの人が、いろいろに見たり、書いたり、歌ったり、論じたり、描いたりしてきた。そういう書物や写真や絵や彫刻、焼物などを若も しこの裾野に集めて積み上げたら、頂上まで届くかも、などとふと妄想したりする。
しかし、若し、人の思い、ふじへの思いというものが尺度に替えられるものであったら、それはユウに山頂に届くはず、と私は思う。昔、ふじが煙を吐いていたころ、じぶんの思いをふじの煙に託して歌ったひともいたのだから。
近ごろまた、ふじが煙を吐きそう、と言われだした。
煙か、地震か、その両方か、などと観測されている。自然というものは、その自然の一員である人類から見ても、わからないことが山ほどあり、地震や雷がコワイのは昔も今も変らない。
煙が噴き出したら、たいへん、煙にことよせて、「ゆくえもしらぬわがおもいかな」などと、昔の人のように詠嘆してばかりはいられないわけである。
先だっても、噴火に備えて、山麓の市では避難、防災の訓練があったばかり、美しいものが、突如恐ろしいものになるかもしれないのだ。
草野氏の言われたように、底の火、頂きの氷、一身に両極を持つことのおそろしさ、うつくしさ、それは朝焼けのふじの、地上のものとは思えない荘厳さ、夕べの山の言い知れぬ不思議な大きさ、が語っているような気もする。それは既にこの世ならぬ感じだから……。
大自然を司る神というものがあるなら、祈りたい。ふじには静かに煙を吐かせるほどにして、この山容を守って頂きたいと。
●(しのだ・とうこう)
旧満州・大連生まれ。美術家。25歳のとき、富士山麓にアトリエを構える。『
桃紅一〇五歳 好きなものと生きる』(世界文化社)ほか著書多数。
富士山の絶景を撮影した動画はこちら
「#ふるさとの絶景」の記事一覧はこちら