篠田節子 著/光文社 1600円+税「共感よりも自分との“ずれ”を楽しんでもらえたら」──篠田節子(作家)
「タイトルをどうしようと思って改めてよく見たら、どれも男女の恋愛にもなっていない微妙な関係を描いたものだったので」と話す篠田節子さん。
小説誌などに執筆した短編5話をまとめた『恋愛未満』には、さまざまな女性が登場する。
市民吹奏楽団の世話好きな事務局員、説教癖がある看護師、夫の親しい交友関係に女性がいることが許せない専業主婦、旅先で思わぬ出会いをする50代の母、認知症の母の介護に追われる娘......。
甘やかな言葉やひりひりするような恋情は、いずれの話にも出てこない。
いるいる、こういう人! そういうこともあるだろうな、と思わせる日常的なエピソードと、彼女たちに訪れるかもしれないちょっとした変化の予感が、篠田さんならではの端正な筆致で巧みに描かれていて、引き込まれる。
「それぞれ、一種偏った考え方や倫理観を持った人物なので、共感よりもご自分との“ずれ”を楽しんでもらえたらいいなと思っています。自分とは違う人生を疑似体験できることも小説を読む楽しさの一つですし、登場人物の視線に立つことで、身の周りに実際にいる個性豊かな人々を“ああ、こういう感性と倫理観なのかもね”と思えたとしたら、それも小説の一つの楽しみ方。視点を変えれば、人間関係も違う様相で見えてきたりするものですしね」
本作はまた、チェロが趣味で音楽仲間も多い篠田さん自身の日常が窺えるものにもなっている。
「母の介護でとても大変だった頃に書いたものが多いんです。たった半日の取材にも出られないような状況で、それでも友人たちとはたくさんやりとりしていました。だから題材をわりと身近なところからとっているんです。もちろんエピソードと人物は私が勝手に作りましたけれども(笑)」
その後、母が入院したことで、ようやく一息つけた篠田さんだが、今度は自身が乳がんに。
そのあたりのことは、2019年に出版した『介護のうしろから「がん」が来た!』に詳しい。闘病&介護生活がユーモアたっぷりにあっけらかんと綴られたエッセイだ。
上品でスッとしたご本人の雰囲気とのギャップには驚かされるが、非常に実際的な内容で、幅広い題材に切り込んできた観察眼と丹念な取材力を感じずにはいられない。
今を予見するような25年前の著書、未知の感染症をめぐるパンデミック・ミステリー『夏の災厄』も最近また話題を呼んでいる篠田さん。このコロナ禍は、その目にどう映っているのだろう?
「今は特にインスピレーションのようなものはないですね。ただ、記録は残していますし、いつか別の物語を作るときに反映されるでしょう。感染症も怖いですが、日本の高度成長とともに生まれ育ち、生活や環境が激変するさまを見てきた者として、大規模な気候変動にも危機感を覚えています」
篠田節子(しのだ せつこ)作家。1955年、東京都出身。90年に『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。直木三十五賞を受賞した『女たちのジハード』ほか、受賞作多数。近著は『鏡の背面』(吉川英治文学賞受賞)、『肖像彫刻家』など。 表示価格はすべて税抜きです。
取材・構成・文/岡﨑 香 撮影/恩田有紀子 ヘア&メイク/レイナ
『家庭画報』2020年8月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。