『英国バレエの世界』1800円+税は世界文化社より好評発売中。『英国バレエの世界』に込めた思いとは
――『英国バレエの世界』は、山本さんの来歴、英国バレエの歴史と演目ガイド、バーミンガム・ロイヤル・バレエの同僚だった佐久間奈緒さん、平田桃子さん、厚地康雄さんとの座談会で構成されています。英国バレエの魅力が詰まった濃い内容ですが、山本さんの人となりを知ったうえで自然にナビゲートされる構成なので、とても入りやすいですね。今回著書を出すにあたって、こだわった点はどこですか?
山本 英国バレエは「演劇的」と称されていますが、とにかくその良さをもっと知ってもらおうと思い、歴史から作品解説まで、体系的に紐解いていきました。イギリスでは衣裳にしてもセットにしても、デザイナーがついたり、さまざまな技術を用いたりしながら芸術性を高めていきます。作品としての「総合力」の高さを皆さんにも改めて感じていただきたいですね。
また、実際に踊ってきたからこそわかること、見えてくるものをできる限りお伝えすることを心がけました。それからこの本には直接書いてはいませんが、バレエの世界だけにとどまらず、僕は常々、いろいろなものを見て吸収しようとする思考を持たなければいけない、と思っています。
今回の新型コロナウイルス感染拡大を見ていてもそうですが、自分が社会のなかで何ができるかを考えるためには、やりたいこと・好きなことのみに執着するのではいけません。そうしたメッセージを本書から感じ取っていただけるかと思います。
理論的な思考に裏打ちされた解説も見どころのひとつ
――バレエのポジション(体勢)やパ(ステップ)には決まりや理論がありますが、踊りや舞台について語るとき、「芸術」であることもあって感覚的に捉えられがちです。その点、山本さんの解説は深い思考に裏打ちされているのを感じます。どのように培われましたか?
山本 文章を読むことは好きですね。若い頃から文字の裏側に何か言いたいことがあるんだろうなと必ず思って読んでいます。それからお喋りも嫌いではないです。書くときと喋るときの言葉は違うのでしょうが、人間の五感・六感を引き出せる記録の仕方に興味があります。それから家でも映画やニュースを見て、何かしらインプットを多くするように心がけています。
――「キャッチし、インプットする」という意識は、現役で踊っているときに影響はありましたか?
山本 それは絶対にありました。演出家や振付家が何を望んでいるのか、作品の全体像をどうしたいのかを見抜く力があるのとないのとでは、彼らからの信頼度が明らかに違ってきます。バレエに限らずコミュニケーション能力は一番大事です。
――バレエになじみのない方にもおすすめの英国バレエを教えてください。
山本 大人の方は『ロミオとジュリエット』『マノン』といったドラマティックなケネス・マクミランの作品が入りやすいでしょう。衣裳や装置にこだわるこれらの全幕バレエは、古き良き時代の雰囲気も感じられ、とても濃密です。
お子さんでしたら、フレデリック・アシュトン作品がおすすめです。『シンデレラ』や『真夏の夜の夢』は絵本を閉じたように終わりますし、物語もわかりやすいので、嫌いになる人はいないのではないでしょうか。
劇場とは自分と向き合い、感性を高め、育てる場所
――日本全国に教室やカルチャー・スクールが遍在し、プロを目指す生徒から趣味で親しんでいる大人までバレエ学習者は非常に多いですが、踊るときに最も重要なことは何でしょうか?
山本 踊る際には、料理でいえば何を作るか、どういう味にするかという自分なりのイメージが必要です。「このように踊りたい」というイメージがあるからこそ、そのように体を動かして音楽と反応させることができる。うまくなるには良い踊りのインプットを多くしないと。自分自身にインスピレーションを与えることが重要です。
――一方で、バレエ公演を鑑賞する生活習慣は、日本ではまだまだ根付いていません。その点について、何かお考えはありますか?
山本 今の日本では、バレエはまだお稽古文化の延長という認識が強いですね。劇場文化が根付くためには、仕事人間であることが美徳だという意識が日本からなくならない限り難しいでしょう。そのためにもゆとりを持って社会に貢献し、政治や社会のあり方に対しても興味を持たなければ。
自粛生活を求められるなかで、読書もしない、映画もドラマも観ない、音楽も聴かない人という人はいるでしょうか? 生の舞台に触れたらもっと感動してもらえる。劇場とは自分と向き合い、感性を高め、育てる場所だと一人でも多くの方に気づいていただけたら……。そうなることでバレエ界が以前よりも良い状態で復旧していくことが理想です。
――今後どのような活動していこうと思われますか?
山本 日本と海外を結ぶ懸け橋になりたいですね。新型コロナウイルス感染拡大のために海外から人が自由に来られなくなっています。文化交流がどれだけ大切か、人の行き来が途絶えることがどれだけ寂しいか。まだ来日していない見るべきカンパニーや良い作品、優れた振付家を紹介したい、また日本からも海外に発信していきたいですね。