© POLO-EDDY BRIÉRE.おとぎ話(シンデレラストーリー)の背後にある世界の今を映し出す
ナビゲーター・文/福岡伸一シンデレラストーリー(ただし主人公はチェスの天才少年)と社会派ルポルタージュがうまく重ね合わされた秀作。
紛争が続くバングラデシュから危険をおかして逃げ出してきた父子が、エッフェル塔を遠望するパリの街に降り立つ。ファヒム少年はあるチェス教室に入門する。
ドパルデュー演じる初老のふとっちょ先生シルヴァンと、受付係の優しい女性マチルドが、たいへんよい味を出している。
先生はかつてチェスの俊英だったが挫折して、今は子ども相手に教えている。厳しくて偏屈。でも密かにマチルドに好意を持っている。
映画は、チェスのトーナメントを勝ち上がっていくファヒムの姿を軸に、難民が遭遇する過酷な現実とそこに関わる人たちの地道な営為を活写していく。
宿泊する場所がなく、セーヌ河畔で夜を過ごしている父子を保護する赤十字の職員(映画ではまだノートルダム大聖堂は燃え落ちていない)、難民センターの内部や日々の様子、ここに身を寄せる人々、
難民申請を支援する係員たち(通訳係がとんだ悪人で、その場しのぎのいい加減な通訳でお茶を濁す。実際、こういうことはよくあるらしい)、広場で花売りや土産物売りをする不法滞在者を捕まえて力ずくで制圧する警察官、国外退去を言い渡す管理官、行き場を失った人たちが身を寄せ合うテント村。
一方で、心温まる場面もうまい。ファヒムを応援するチェス仲間たちとの触れ合い。海を見たことがなかったファヒムが初めて地中海を眺めるシーン。そしていつも不機嫌な顔のシルヴァン先生とファヒムが初めて笑い合うひととき。
コロナ禍によって世界はますます狭量になりつつある。
トランプは、自国民の就業保護を旗印に、入国ビザや移民申請の制限強化に乗り出した。日本でも入国管理施設における難民申請者の長期収容が問題となっている。
ファヒムは、チェスの才能によって国外退去を免れたが、誰もがファヒムのような幸運を持ち合わせているわけではない。
実話をもとにしているとはいえ、おとぎ話はおとぎ話として楽しめばよいと思う。でも映画を見終わったあと、シンデレラストーリーの向こう側にある普通の人々のことに思いを馳せなければならない。
福岡伸一(ふくおか しんいち)
生物学者。『生物と無生物のあいだ』『動的平衡』など著書多数。ブックマイスターを育てる福岡伸一の知恵の学校も開校中。近著に『ナチュラリスト 生命を愛でる人』など。 『ファヒム パリが見た奇跡』
紛争が続くバングラデシュのダッカ。政治的な問題に加え、息子のファヒムがチェスの強さで妬みを買い、身の危険を感じていた父親は彼を連れてパリへ亡命する。難民センターに身を寄せた親子は、フランス有数のチェスのトップコーチの指導を受け始めるが......。
2019年 フランス映画 107分
監督・脚本/ピエール=フランソワ・マルタン=ラヴァル
出演/アサド・アーメッド、ジェラール・ドパルデュー、イザベル・ナンティ
公式URL:
https://fahim-movie.com/2020年8月14日より、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開 取材・構成・文/塚田恭子
『家庭画報』2020年9月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。