海外旅行がきっかけで、きものの道へ
母の実家の「宮田旅館」にて。初めてリメイクしたきものをまとって。私がきものを「ちゃんと自分で着られるようにないたい!」と思うようになったのは、約20年前のこと。旅行で韓国を訪れた時のことです。ご飯を食べに入った韓国料理店で、美しいチマチョゴリ姿の女主人におもてなしを受けました。「民族衣装って、その国の女性を本当に美しく見せるものだな」と思ったら、「日本人は、やっぱりきものだ!」と急にスイッチが入りました(笑)。
きものを誂えるのは、ちょっとした贅沢。そこで、まずは実家にあるものから掘り起こして、帰省をするたびに目に留まったものを持ち帰りました。まずはきものに慣れるために、どんどん着る機会を作りました。ある時は居酒屋にきもので出かけることにハマったり、予定がない時にも家できものを着て過ごすことも。そうすると、周りの方も「きものが好きなのね」という目で見てくださるので、譲り受けることもしばしば。なかでも日本舞踊の先生のたくさんの小粋なきものが私のもとへ。
親戚のものもそうですが、譲り受けたきものには、やっぱりそれぞれの物語があるもの。どうしたら、もっと自分らしく楽しめるかと思っていた時に、スタイリストの石田節子さんと出会い、リメイクする面白さを教えていただきました。そのきっかけになったのが、こちらの一枚です。
日本舞踊の先生らしい流水の小紋やシックな御召が、こんなにも個性的なデザインになったことに感動。その着姿を先生にお見せしたところ、「古いきものが新しく蘇ったようね」と喜んで頂け、笑顔の連鎖となりました。ここから私の「きもの遊び」が加速します。
上:紺地の御召をベースに、切り嵌め(きりばめ)という技法で流水柄の小紋が衿や肩、袖口から上前にリズミカルに配されて。撮影中に地元の小学生が。下:理科の課題で育てたという、絹織物の原型となる蚕を見せてくれました。かつて八尾の町には養蚕農家が軒を連ねていたそうです。