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詩人・小池昌代さんがナビゲートする今月の映画『パヴァロッティ 太陽のテノール』

2020.09.16

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〔今月のシネマ〕
『パヴァロッティ 太陽のテノール』

『パヴァロッティ 太陽のテノール』

© 2019 Polygram Entertainment, LLC–All Rights Reserved

残された歌声に、いまだみなぎる生命力


ナビゲーター・文/小池昌代


二度とは現れないテノールの巨星、ルチアーノ・パヴァロッティ。天高く抜けていく艷やかな歌声は、世界中の人々を魅了した。

落ち込んでいくばかりの1日があったら、彼の歌う「オ・ソレ・ミオ」や「誰も寝てはならぬ」を聴こう。頭上にいきなり、クリアな青空が広がり、太陽の光が差し込んでくる。

人を救うのは人、それも人の声。映画を観ながら、わたしは確信した。

70余年に渡る生涯を、家族、かつての愛人、歌手仲間、マネージャーなど、彼を知る多くの人々が語る。

歌に生きた芸術的人生と、1人の男あるいは夫・父親として生きた実人生とが、重なり合い、きしみ合う。栄光ばかりではない。挫折も後悔もあった。

子供の頃から、たくさんの女性に囲まれて育ち、女性に甘やかされるのが好きだったと娘が言えば、心から人を信じる性善説の人間と、2番目の妻ニコレッタが証言する。

別の場面では最初の妻が、彼との出会いに触れ、「あの声に恋しない人なんている?」。

離婚に際してこの妻は、相当、苦しんだであろうことが映画からわかるが、最晩年、入院中の彼を見舞うと、かつての夫は言ったという。

「今もきれいだな、10キロは太ったか」。

「実はそのとおりだったの」と、体重増加の方にさりげなく話題の比重を移し、明るく語る元妻がいい。

娘たちも、かつての恋人も、こだわりなく心の内をさらけ出している。このことは、人間パヴァロッティの懐の深さを改めて証明するが、彼を愛した女たちも素晴らしい。

人生、人を憎んで終わりにするには、あまりに短いと教えられる。

歌手たちが語る声の分析には、発見と驚きがあった。あるソプラノ歌手は、「ソプラノとバリトンは、人間の自然の声だが、テノールは別のもの、アンナチュラルなものだ」と指摘する。

その作られた声を自然と感じさせるのが偉大なテノールなのだと、後継者と目される後輩テノール歌手が語っている。

天与と思われた、あの力強い美声を、彼はたえまない努力の上に創り上げたのだ。

歌手本人は、もうこの世にいないのに、残された歌声には、いまだ生命力がみなぎっていて、さあ、生きなさい、と、わたしたちを促す。

小池昌代(こいけ まさよ)
詩人、作家。近著に詩集『赤牛と質量』や『幼年水の町』『影を歩く』、文庫版『黒雲の下で卵をあたためる』。新刊に、パンデミック後の世界を描く短編集『かきがら』。

『パヴァロッティ 太陽のテノール』

その歌唱力と人間力で誰もを虜にしたルチアーノ・パヴァロッティ。ホームビデオがとらえたプライベート映像、家族やスタッフ、音楽界の錚々たる人々へのインタビューを通じて、歌を、周囲の人間を、そして人生を愛した彼の魅力を伝える至福のドキュメンタリー。

2019年 イギリス・アメリカ合作 115分
監督/ロン・ハワード
出演/ルチアーノ・パヴァロッティ、ボノ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラス
公式URL:https://gaga.ne.jp/pavarotti/
TOHOシネマズシャンテほか全国公開中
取材・構成・文/塚田恭子

『家庭画報』2020年10月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。
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