きもの4代、茶の心とともに
榊 せい子さん(茶道裏千家正教授)
中井ひと子さん(主婦)
お出かけの日の榊 せい子さんと、娘のひと子さん。お二人のきものは、せい子さんの母、美代子さんから受け継いだ格調高い訪問着です。せい子さんは、焦げ茶色と丁子茶色に染め分けた生地に、截金(きりかね)文様のように金銀の総刺繡を施した豪華な一枚をまとって。ひと子さんのきものは、菱文様の中に亀甲や松竹梅文様が。刺繡は長艸敏明作。思い出とともにある伊賀上野の暮らし
「母と同じように、私も来客時にはこのきものでお出迎えします」黒地に凝った蒔糊のきものは、下写真の2002年3月号の取材時に美代子さんが着ていたもので、お客さまをお迎えする日によく着ていたそう。せい子さんも同様に、来客時に着ることが多いといいます。白地に大王松を織り出した帯は鳥の羽のようにも見える、モダンなデザイン。伊賀上野にある書家の故・榊 莫山さんの旧居に暮らすのは、娘の榊 せい子さん。約3000坪という広大な庭を有するお宅での生活は、木々の緑に囲まれ、父祖伝来の地に安らかな風を受けながら、豊かな時間が流れています。
2002年3月号の家庭画報本誌で、茶室「休庵」と「看雲亭」への入り口露地に立つ、莫山さんと美代子さん、せい子さん。「休庵」の扁額は莫山さんの書。撮影/浅井憲雄せい子さんはここで、茶道裏千家正教授としてお弟子さんたちを教えています。茶会を催せば、点心から主菓子まで、すべてを自作する本格的な茶人として高名で、茶道とともにある四季折々の生活の中に、きものは欠かせない存在です。
左・莫山さんの書の風呂敷2種。白には「内平外成 地平天成」、赤には「迎年 益寿」と書かれています。赤の風呂敷は、せい子さんの妹、まり子さんの結婚の際に内祝いとして配られたもの。 右・茶室にかけられた莫山さんの掛軸。かぼちゃの絵とともに、「花アルトキハ 花ニ酔ヒ 風アルトキハ 風ニ酔ヒ」。自作の詩そのものの生活をしていた莫山さんの気配が窺えます。「袖を通すもののほとんどが、母が残したきものなのです」というせい子さん。莫山夫人として活躍し、茶道の師でもあった美代子さんのきものや帯は、どれも古さを感じない洗練されたものばかりです。
「このきものは、母がお客さまをお迎えするときによく着ていたな」などと、在りし日の情景を思い出しては、せい子さんも同じような場面で着るそうです。父母の思い出とともに、きものは今も生き続けています。
母から娘、そして孫へ──
豊かなきものの世界を慈しむ
「茶道のある暮らしに寄り添い、きものを楽しむ」立礼席でお手前をする娘のひと子さん。ひと子さんもまた、母や祖母を見習い、茶道に打ち込んでいます。きものは鳥の子色地に白糸で源氏香を刺繡したもの。秋は茶席が多く、お席に合わせてきものの出番が増えます。榊家、女4代のきもののほとんどが莫山夫人である美代子さんが揃えたもの。茶道裏千家正教授だった美代子さんが茶会やお出かけのために誂えたきものは、同じ茶道を志したせい子さんの用途と重なり、あらゆる場面で活躍しています。
かつて母のきものは着こなせないと一人で選んだきものは、やがて飽きてしまって後悔したことも。失敗を重ね、母のセンスがよくわかるようになったそうです。それらはシックな色合いでありながら、上質さと華やかさを内包する上品なものばかり。
美代子さんからせい子さんへ、せい子さんから嫁して大阪に住む娘のひと子さんへと、きものには家族の新たな思い出が積み重ねられて──。孫の理紗子さんに受け継がれる日も、もうすぐです。
孫の理紗子さんの十三参りの記念写真。それぞれが母譲りのきものを着ています。理紗子さんの振袖は白地に波文様、花の丸。ひと子さんが成人式で着た振袖に腰上げと肩上げをし、長襦袢だけ新調しました。ひと子さんは黒地に刺繡の訪問着で。 〔特集〕世代を超えて美を受け継ぐ 母と娘のきもの(全4回)
撮影/森山雅智 ヘア&メイク・着付け/川上まり子、久保田美季〈ともに市田美容室〉 取材・文/相澤慶子
『家庭画報』2020年10月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。