両腕を上げて「生命誌絵巻」の扇形を表している松岡さん。その横で、中村さんは人差し指を立ててにっこり。生きものの祖先は1つであることを表現しています。*本取材は感染予防対策を徹底して実施しました。松岡さん・スーツ、シャツ、チーフ、ベルト/紳士服コナカ第26回
JT生命誌研究館名誉館長・理学博士 中村 桂子さん
中村 桂子さん KEIKO NAKAMURA1936年東京都生まれ。理学博士。東京大学理学部化学科卒業。同大学院生物化学専攻修了。三菱化成生命科学研究所人間・自然研究部長、早稲田大学人間科学部教授、大阪大学連携大学院教授などを歴任。1993年、自らが提案したJT生命誌研究館が大阪に開館すると、副館長に就任。2002年より同館館長、この2020年4月より名誉館長。2015年にドキュメンタリー映画『水と風と生きものと─中村桂子・生命誌を紡ぐ─』公開。『生命誌とは何か』ほか著書多数。「DNAを分析すると地球上の生き物の先祖は1つ。ともに生きる世の中にしたいですね」DNAを調べてわかった「ゾウもアリも祖先は一緒」
松岡 今日はぜひ中村先生がいちばん伝えたいことをお聞かせください。
中村 ありがとうございます。わからないことは聞いてくださいね。
松岡 たぶん、わからないことばかりだと思います。違う人種だと思って、お話しください。
中村 そんな! 違う人種なんかじゃありませんよ。
松岡 一緒ですか?
中村 一緒です、絶対。あのね、そもそも我々はホモサピエンスといって、先祖を遡っていけば、みんな20万年前にアフリカの北側にいた少数の人にいきつくんです。
松岡 みんなというのは、今地球上に生きる77億人全員ですか。
中村 はい。そして、そこからどんどん遡っていくと、私が考えた「生命誌絵巻」の扇の要、生きものの起源に戻ります。
38億年続く生物の歴史を表した「生命誌絵巻」。扇の要はすべての生きものの祖先となる細胞で、上部は現在の多様な生きもの。人間は左端に。原案/中村桂子 協力/団 まりな 絵/橋本律子 提供/ JT 生命誌研究館「祖先が1つということは生きものはみんな家族のようなものですね」──松岡さん
中村 なぜこんなことをいいきれるかというと、最近そのことが判明したからなんです。どの生きもののDNAを分析しても、みんな同じ。いやだといっても、我々はゾウともアリともゴキブリとも、祖先が一緒なんです。
松岡 じゃあ、地球上の生きものはみんな家族のようなものですね。
中村 はい。だけど、この100年ほどの間、人間は自分たちが特別な存在だと思ってしまって、生きものであることを忘れてしまっています。上へ上へと建物を高くして、地面から離れ、自然から離れたでしょう?
昔は風が通るところで暮らしていたけれど、それだと冬は寒く夏は暑くていやだといって、ドアを閉め、機械で温度を調整するようになりました。それって便利は便利ですが、生きものとしての生き方とはちょっと違うでしょう?
家を吹き抜ける風を「気持ちのいい風だな」と感じる感覚、人間らしい感性が失われていってしまうじゃないですか。
松岡 確かに、昔の人に比べて、現代を生きる僕らは、四季の変化などに対する感性が鈍ってしまっているかもしれません。
コロナ禍の今は社会が変わるチャンス
中村 もっと便利に快適にと頑張ってきて、みなさん今、幸せでしょうか。ちょっと、社会全体が息苦しくなっているように感じるんです。
松岡 技術が進化したおかげで、快適に暮らせるようになったのはありがたいことですが、それがそのまま、生きものとしての幸せに繫がっているかというと、そうではないのかもしれませんね。
中村 私も原始人の生活に戻しましょうなどというつもりはないんです。使える技術はどんどん使えばいいと思いますが、38億年かけて育んできた生きものとしての感性を捨ててしまうのは、もったいないと思うんですね。感性を失わずに、機械やコンピューターも上手に利用して、楽しく生きるのが人間らしさだと考えています。
松岡 先生は優しく話してくださっていますが、心中では相当怒っていらっしゃいますね?
中村 ふふふ、怒っています。というより、こういうことをいい始めてもう50年になるので、そろそろ社会が変わってくれないかと思っているんです。
これまで世界各地で大きな災害が起こるたび、自然の威力におののきながら、「人間はおごっていたのかもしれない」と反省してきました。でも、実際に体験しなかった人たちは、あっという間にその気持ちを忘れてしまったでしょう?
松岡 残念ながら、そうかもしれません。
中村 でも、今のコロナ禍は地球規模。これだけ世界中に広がったら、誰一人「私は関係ない」といえません。もちろん、コロナ禍は困ったことですが、私はチャンスだと思っているんです。今度こそ、人が変わり、社会が変わるのではないかと期待しています。