危機の時代に日本人への指針を示した福澤諭吉という人
──齋藤 孝さん(明治大学文学部教授)
福澤諭吉を敬愛し、その著作の現代語訳やご自身の著書を通じて、福澤の考えや言葉を一般にわかりやすく紐解いてくれる齋藤 孝さん。福澤に倣い「明るく上機嫌に」過ごすことを、日々心がけているという齋藤さんに、福澤諭吉の真髄、時代を超えた普遍の魅力について伺いました。
齋藤 孝(さいとう・たかし)さん1960年、静岡県生まれ。明治大学文学部教授。東京大学法学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程を経て現職。福澤諭吉関連著書に『現代語訳 学問のすすめ』『現代語訳 福翁自伝』『現代語訳 文明論之概略』『おとな「学問のすすめ」』『こども「学問のすすめ」』(以上筑摩書房)、『福沢諭吉 学問のすゝめ』(NHK出版)、『座右の諭吉』(光文社)など多数。日本人のアイデンティティを確立した人
私は慶應義塾出身ではありませんが、なぜここまで福澤諭吉に興味を持ったかというと、第一に、彼が現代日本の骨格を早くから言い当てた人だからです。
思想家によっては時代とともにその主張が古くなってしまう人もいますが、福澤諭吉の主張は今でも十分通用しますし、『学問のすすめ』をはじめとするすべての著作に、これからの時代にも日本人の常識であってほしい内容が書かれています。
第二に、自由で開放的で正直で、カラリと晴れたような人柄に惹かれたからです。そういう性格なので、著作も実際に読むと非常に読みやすく気持ちがいい。あ、こんなに自分と似た考えの人がいたんだと共感できました。
『学問のすすめ』は明治の初めに書かれた大ベストセラーで、国民に向かって、学べ、行動しろ、自立せよと強く鼓舞する内容ですが、そもそも福澤諭吉がなぜここまで国民にアクティブであることを求めたかというと、明治維新とは日本の全国民が精神構造を一から変えねばならない大転換期だったからです。
人々はちょんまげを結い、刀を差すといった外見だけでなく、封建時代の身分や精神もことごとく失い、新しいアイデンティティをつくり出さねばならなくなりました。
3度の洋行によって欧米諸国を歴訪した福澤は、家父長制度や男尊女卑、身分制度といった古い因習から解き放たれた西洋の合理的な精神に魅了されます。
その一方で、倒幕は果たしたものの、まだ脆弱だった当時の日本新政府がとうてい西洋の列強にかなうわけがないことも痛感したはずです。実際すでに隣国の中国は列強に食いものにされ、ひどい有様でした。
明治初頭の年表を見ると、ごく短期間に猛スピードでガス灯がつき、鉄道が走り、近代建築がつくられていますが、その猛進ぶりは、それほど急がなければ、うかうかしていると列強の植民地にされてしまうという、国の焦りの裏返しのようにも見えます。
そこで福澤は、西洋の思想を学んで吸収しつつも、一方的になびくのではなく日本独自のシステムを確立し、欧米諸国と対等にわたり合える国として自立することが急務だと考えました。つまり、『学問のすすめ』は日本が未曽有の危機を乗り越えるために今なすべきことを説いた本だったのです。
まだこの先、社会がどちらの方向に行くのかわからず誰しも不安な時期に、福澤諭吉は「こっちだよ。こっちのほうが明るい社会だよ」というビジョンを指し示してくれました。読者に、これからの社会はこうなっていくという新しい光、明るい社会のあり方を提示した。日本の近代の幕開けである明治時代をつくった人といっても過言ではありません。
現代語訳本を含め、齋藤 孝さんの福澤諭吉関連本は数多い。危機を乗り越えるために書かれた『学問のすすめ』
人の価値は学ぶか学ばないかで決まり、ちゃんと勉強した人、努力した人が大きな仕事をして報われる、というのが『学問のすすめ』の明快な主張ですが、福澤は学問の中でも古典文学などのアカデミックな純粋学問ではなく、人々の暮らしや仕事に役立つ「実学」を重んじました。
また、有名すぎる冒頭の「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」から誤解している人も多いのですが、単純な平等思想を説いたわけではなく、人の地位や財産はいかに学んだかで決まるという、むしろ厳しい競争原理のほうを説いたのです。
しかも、単に勉強しようと勧めただけではなく、「これからは江戸時代とは違った平等な社会になるのだから、みんな自信を持って自立しよう」という強いメッセージを発しました。そのメッセージと人格のクリアさが相まって、文面から「クリアの2乗」のような感じが伝わってくる点が素晴らしく、個人的にも非常に好きなところです。
「危機の時代こそ、ユーモアや明るさが大事だと福澤なら言うだろう」── 齋藤 孝さん
福澤は自分の性格について、子どもの頃から「精神はまことにカラリとしたものでした」と語っています。中津藩にいる頃には、兄たちが藩の愚痴を言うのを聞いて、だったら藩を出ればいいのにと発言し、自分は実際に出ましたし、自伝の中にはこんな有名なエピソードもあります。
子どもの頃、叔父さんの家にあるお稲荷さんの社からご神体を取り出して開けてみたら、中に石が入っていたので、代わりに拾った石を入れて、罰が当たるかどうか試してみたというのです。
『福翁自伝』は日本人の自伝の中でも最もおもしろいものの1つですから、ぜひご一読いただけると福澤諭吉のよさがわかると思います。
ついでながら、『女大学評論』も隠れた名著です。
嫁入りした女性向けの江戸時代の修身書「女大学」は、子なき女、淫乱な女、嫉妬深き女は去れなど、男女差別も甚だしい内容ですが、福澤はこれに対し、それなら男と女を入れ替えて考えてみてはどうか、なぜ男がしたら許されるのに女がすると許されないのかと徹底的に反論しています。
近来まれに見る、開けた人だったといえるでしょう。
国を支えて、国に頼らず反権力、民活の人
このように、オープンで率直、知的で上機嫌でユーモア感覚があり、合理的な精神を持つ、それが福澤諭吉の人物像です。
自分では、あんなに本が売れたのは「時節柄がよかった」からだと言っていますが、そういう人格と時代が求めるものとがカチッとかみ合ったことで大きく花開いたのではないでしょうか。
これほどの影響力を持つ福澤諭吉ですから、今なら文部科学大臣になっても不思議はありませんし、実際、新政府で働いてほしいという声もかかりましたが、当人はこれを固辞し、あくまでも「一私人」を貫きました。それは「官(国)」に対する「民(私)」の力を世に知らしめようとしたからです。
当時の国民にはまだ「お上(かみ)至上主義」が染みついていましたが、福澤は国家と国民は対等であるべきであり、国民一人ひとりが学び、良識を持たなければ、しっかりした国はつくれないと考えたのです。
慶應義塾という私立学校をつくったのも、国のお世話にはならず完全に独立した立場で「民力」を示そうとしたからで、まさに言行一致の人でした。
SNS時代に生かしたい福澤流の社交術
現在、新型コロナウイルス感染症の感染拡大が続き、ともすれば暗くなりがちな世の中ですが、福澤諭吉を見習って、たとえオンラインによる会話でも人と明るく過ごし、会話の中で自分自身を磨いていくことが大切だと思います。オンラインの場合、その場の空気感が消えてしまうので、なるべく機嫌よく接し、明るい表情をつくる努力も必要です。
私も今、大学でオンライン授業を行っていますが、できるだけ明るくポップにライブ感を出し、みんなで一緒に笑える空間をつくるよう心がけています。全員が画面に顔を出している中で一斉に笑うと、オンラインではあるけれども非常に通じ合った感じがします。
福澤は社交力をとても大事にしていて、『学問のすすめ』全17編の最後の文章で「人にして人を毛嫌いするなかれ」と述べています。どこで誰の世話になるかわからないから「新友」はつくったほうがいい、10人と出会って1人友人ができるなら、20人に出会えば2人になる。だから、交友の範囲は広くするに限る、と。
ところが一方、『福翁自伝』では、自分には腹を割って話せるような、ものすごい親友は1人もいないと明言していて驚かされます。仲よくなった相手でも、向こうが心変わりをしたら交際はやめなければならない。それで孤立しても苦しくないし、後悔もしない。自分の考えを曲げてまで気に入らない交際は求めないとも言っています。
彼自身は人づきあいもよく、決して気むずかしい偏屈者ではありませんでしたが、大親友でなくてもいいから、ある程度の距離感を保った友人を積極的につくっていこうという、福澤流の社交術は、今の時代にはちょうど合っているのではないでしょうか。
昨今、SNS上で人に対して誹謗中傷を行う人がいて、それによって傷つく人もいます。SNS疲れで、もう人間なんか嫌だと思ってしまう人もいるかもしれませんが、自分自身が傷つきすぎないように、いい距離感を上手に取ることが必要です。こういうときこそ、人間なんだから、人間を毛嫌いしないようにうまくつきあっていこうよ、という福澤諭吉の教えは重要な意味を持つと思います。
今、福澤諭吉の教えをどう生かすか。
コロナ禍の時代、とかく先が見えない世の中に暗澹たる気持ちになる人が多いかもしれませんが、『学問のすすめ』にはそこから抜け出すためのヒントも書かれています。人間は愚行や失敗を繰り返すが、それを防ぐのに有効なのは、在庫を点検して今後の方針を立てる商人の「棚卸し」の応用だと福澤は言います。今考えてもしかたないことはとりあえず見えないところにしまって、今できることから優先的に一つ一つ取り組んでいくということです。
さらに、「心」とは対極にある福澤スタイルの「理」、すなわち論理的で合理的な強い精神を取り入れることも、もやもやした心の悩みの軽減に繫がると私は思っています。
悩んでいるのは時間の無駄だから、今できることをすぐ始めて一歩でも前進しよう──福澤諭吉ならカラリと晴れた青空のように、そうエールを送ってくれるに違いありません。