松居大悟 著/講談社福岡から上京後、小劇団「マチノヒ」を主宰している竹田武志。中学のときに両親が離婚する以前から、彼は父親が苦手だった。だが、上京から7年、初めて連絡してきた父親から肺がんで余命3か月と告げられた竹田は、自分と家族の関係を見つめなおしてゆき......。
ナビゲーター/板谷由夏(いたや ゆか)劇団を主宰し、映画やテレビなど映像作品の監督も務め、自身も役者でもある松居大悟さんの初小説作品です。
本人が投影された主人公の家族、演劇、恋愛などが描かれているのですが、とてもスムーズかつ読者を引き込む力のある文章で、一気に読みました。
小説は、主人公の竹田が主宰する小劇団の終演後のロビーのシーンから始まります。その会話のやりとりにすごくリアリティがあって、役者としてよくわかるなあ、と。
竹田は自意識過剰な男子で、おそらく書き手の松居さんにもそういうところがあるから、過剰な自意識をある種、自虐的に扱っているのでしょう。
小説で描かれるのは20代男子の不器用さ、頭のなかの妄想や想像など、人の内面です。それぞれの悩みやモヤモヤ感は、過剰な自意識を吐き出せないところも含めて、そこを通過してきた自分にもよくわかります。
そしてわかった上で、私としては“傷つきたくないからって物事に向き合わず、逃げてばかりでいないでがんばれよ”と竹田に活を入れる、彼がグレーなエステで出会った女子の正直さ、壁をつくらない態度に共感しました。
自分のことで精一杯の竹田は、おそらく自分がどんな家族と暮らしてきて、自分という人間がどう形成されたのか、考える余裕がなかったと思います。
私自身、その年齢の頃は、仕事がちゃんとできているか、自信がなかったし、そのことに気づいていて、内心これでいいのかと思いながらも周囲に合わせていたように、弱さゆえに突進するのが20代です。
けれど父親がガンを宣告されたのを機に、家族の関係を俯瞰することで、今の自分がこういう道を歩んでいるのはこの家族だからだと、竹田も少しずつ気づいてゆく......。そのあたりは、ナイーブさも含めて初々しいところです。
主人公は、父親の死を通じて自分を知っていきますが、欲をいえば、私は父親のことをもう一歩踏み込んで知りたかったですね。
あと、これは松居さんの文章の特徴かもしれませんが、いろいろな状況や人の感情の細部をワーッと書いてきて、その最後が“しらんけど”という一言で終わったりするのはおもしろかったです。
自分に馴染みのある福岡弁だから反応してしまったのかもしれませんが、ある種、ルールに縛られない文章のリズムに、新鮮さを覚えました。
板谷由夏(いたや ゆか)
女優。WOWOWの情報番組『映画工房』に出演中。2015年から大人の女性のための普段着「SINME」のディレクターとして活動。NHK『天使にリクエストを~人生最後の願い~』に出演予定。「#今月の本」の記事をもっと見る>> 表示価格はすべて税抜です。
取材・構成・文/塚田恭子 撮影/中西真基
『家庭画報』2020年10月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。