各界のリーダーに聞いた質問
(1)福澤諭吉の「言葉」、「教え」に関して好きなものは?
(2)福澤諭吉の考え方に影響を受けていると思われる点。
(3)今こそ生かすべき福澤諭吉の言葉・考え方とは?
【独立心を持って自ら学ぶ】
池上 彰さん(ジャーナリスト)
(1)民主主義とはなにか。それは一人ひとりが独立心を持って自ら学ぶことによって実現するという教えに心酔した。
(2)民主主義の基礎は、
自分の頭で考えられる人を1人でも多く育成すること。そのための情報をわかりやすく提供することが私の仕事だと思っています。そのために自ら学ぶことを続けています。
(3)慶應義塾大学に入ったら、「先生」と呼べるのは福澤諭吉だけ。あとの教授たちは「君」づけでした。そこでゼミの教授のことを、私たちは「○○君」と陰で呼んでいました。
日本社会の近代化にとって、本当に先生でした。
池上 彰(いけがみ・あきら)さん
慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。報道記者や番組キャスターなどを務め、2005年に独立後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍。福澤諭吉「身体健康精神活潑」墨書。諭吉はこの言葉に「からだは元気に、こころは生き生きと」というルビをふった。「獣身を成して後に人心を養え」とともに、教育の一貫として体育を重視した言葉である。(所蔵/慶應義塾図書館)【全社会の先導者たらんことを欲す】
山縣亮太さん(陸上競技選手・リオデジャネイロオリンピック銀メダリスト)
(1)
「独立自尊」(2)
私は他の人がやっていないことや難しいと思われることにチャレンジしていきたいと常に思っており、これは福澤先生の教えの中の
「全社会の先導者たらんことを欲す」という言葉の影響を少なくとも受けていると思います。
(3)母校の創始者であるというご縁で福澤先生の教えに触れる機会は多いですが、改めてその言葉に接すると現代でも変わらず通じるものが多く、普遍的なものであると感じました。
山縣亮太(やまがた・りょうた)さん
慶應義塾大学総合政策学部卒業後、2015年セイコーホールディングス入社。2016年リオデジャネイロオリンピック男子4×100メートルリレー銀メダリスト。福澤諭吉「慶應義塾之目的」書幅。明治29年に行った慶應義塾旧友会の演説の一節。義塾出身者の心得を示した「気品の泉源、智徳の模範」は、慶應義塾のモットーの1つ。(所蔵/慶應義塾図書館)【気品の泉源智徳の模範たれ】
植田友宏さん(ウエダジュエラー社長)
(1)福澤先生が慶應義塾設立の目的で仰った、塾員は
「気品の泉源、智徳の模範たれ」という言葉が好きです。これは欧米社会における基本的な道徳観である「ノーブレスオブリージュ」に近い考え方で、塾員は社会のお手本となる紳士淑女たれと仰っています。ジュエリーという美しいものを扱っている私としては、福澤先生から常に「人として美しく生きよ!」と叱咤激励されている気になり、背筋がシャンとなります。
福澤先生は曲がった事、噓つきや人を騙す人は大嫌いでした。それは先生の生き方が本当に潔く、自由で、大きく、格好良かったからです。
これからの人生も福澤先生が体現されていた人としての道徳的な生き方、「いかに美しく生きるか?」の人生哲学を実践していきたいと思います。
(2)
「独立自尊」とはいかに他者に依存せずに自立し、「自由」に生きるか?という事でもあり、個人や会社、国が力をつけ自立する事により、その先に周りの人や社会、国にも貢献出来るという考え方だと感じています。また先生の思想は限りなく中庸で「自由」な発想を常に持ち、江戸時代に世界を俯瞰していました。
経営に関しては過去の常識に囚われず、他社には無いオリジナリティーを追求していく事が「独立自尊」に繫がると考えています。個人的には出来るだけ偏った考えを持たずに様々な立場、思想を持った方々の意見を聞くようにしています。
また、現代思想だけで無く、教養とは縦の歴史観が大事だと先生から学びました。「独立自尊」という思想は人間にとって一番の尊厳であり、重要な価値である「自由」を意味する私の人生の指針です。
(3)
「先ず獣身を成して後に人心を養え(まず身体を鍛えてから心を養え)」という教えは、幼稚舎時代から真冬の朝校庭を皆で走り、縄跳びの記録づくりや卒業までに必ず全員1キロ泳がなくてはならないなど、徹底されました。
福澤先生は亡くなる直前まで早朝の散歩(約6キロ)、午後の米つきや刃渡り75センチ、約1キロもの大きな刀を素早く抜いて振る居合を休みなく続けたそうです。その様な福澤先生のお教えもあり、今まで大病もせずに心身共に健康に過ごす事が出来ました。
また、先生は国家や権力にも束縛されず、自由闊達でユーモアもあり、生涯に亘って独立自尊を貫いた孤高の人のイメージが強い方ですが、
「人間交際(じんかんこうさい)」(=ソサエティー)の重要性を強調され、慶應義塾には三田会を始め、多くの交流の場、同窓会組織があります。
私は余程慶應義塾が好きだったからか、幼稚舎から湘南藤沢キャンパスの大学院、「政策・メディア研究科」を修了するまで20年間塾で学ばせていただきましたが、その過程や卒業後もお世話になった恩師、そして知り合った多くの同窓生との関係のお陰で人生が本当に豊かになったと感じております。
福澤先生は「人間力」がとても高く、人間的魅力で輝いていた方だったのだと思います。その門下生も魅力的な方が多く、その方達との「人間交際」により自分自身を磨く事が出来ました。その様な慶應義塾で学ぶ事が出来、福澤先生に大変感謝しております。
植田友宏(うえだ・ともひろ)さん
幼稚舎からの慶應義塾育ちで慶應義塾大学商学部卒業後、同大学院政策・メディア研究科修了。1884年創業の老舗宝飾店ウエダジュエラーに入社。2005年4代目社長。 〔特集〕今、この時代を切り開く生き方と言葉「福澤諭吉のすすめ」(全7回)
取材協力/慶應義塾福澤研究センター、慶應義塾広報室
*参考文献/『学問のすゝめ』『文明論之概略』『福翁自伝』(以上岩波文庫)、『福澤諭吉 家庭教育のすすめ』『福翁百話』(以上慶應義塾大学出版会)、『女大学評論・新女大学』(講談社学術文庫)、『現代語訳 学問のすすめ』『現代語訳 福翁自伝』『現代語訳 文明論之概略』『おとな「学問のすすめ」』(以上筑摩書房)、『福沢諭吉 学問のすゝめ』(NHK 出版)、『子どものための偉人伝 福沢諭吉』(PHP 研究所)、『慶應義塾150周年記念 未来をひらく 福澤諭吉展』(慶應義塾)
『家庭画報』2020年10月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。