町田君と私は35年来の親友だ。生活も外観も全てが全く違うのに、私たちは同じところで笑うし、同じところで怒る。そしてかなり複雑な内容の会話でも、二言三言で通じ合える。
ある日病院に変な獣医がやってきた。自分は腕がないからイヌの飼い方を飼い主に教えて生計を立てたい、協力してほしい、という相談を突然突きつけてきたのだった。
しかし、彼のイヌの飼い方理論は、その辺で売っている孫引きの孫引きみたいなハウトゥ本による浅はかな知識であったため、私は困り果てて「ああ、こんな時、町田君が来てこのカン違いを追い払ってくれたらなあ」と思っていたところ突然本人が現れ、いきなり「おい、野村さんの病院から出ていけ」とやらかしたのである。相手が何者なのかも伝えていなかったのに。
そして今もこの原稿を書きながら「町田君、元気かなあ」と考えていたところ、たった今「明日遊びに行きます」と連絡が入った。
実はこういったことはしょっちゅうある。これはつまり親友の間でも、摩訶不思議な通信機能が成立するということである。さらにこんなこともある。
「あの患者さん、しばらく見ないけどイヌの病気は治ったかなあ」と思っていると、百発百中で翌日にその人が来院するのだ。
もしかしたらこの現象は動物人間を問わず、信頼関係がトリガーになっているのかもしれない。
何か参考になる資料はないかと書斎の古書を調べてみると、オーストラリア先住民の興味深いエピソードが目に留まった。狩りに出かけた男たちを待つ女たちは「あ!今うちの人が獲物を仕留めた」「あ、男たちがこちらに戻ってくる」と心で感じてそれを知り、料理の支度をはじめるのだという。
もしかしたら太古の昔には当たり前のように使われていたかもしれない生体通信。それは現代人が忘れてしまった様々な感情の中で最も大切な“信頼”というエネルギーで作動する尊い能力なのかもしれない。
野村潤一郎(のむら・じゅんいちろう)
野村獣医科Vセンター院長。個人病院の常識を超えた最先端の医療設備とブラック・ジャック並みの手術の腕を頼って患者は全国から集まる。かかりつけ獣医師として動物たちの健康を守りながら、難病患者の命を救う最後の砦として日夜奮闘。自身も100頭以上の動物を飼育する動物マニアとして知られる。
『家庭画報』2020年10月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。