海を渡ってきた“割れた古伊万里”
色絵唐獅子牡丹文亀甲透彫瓶筒状の器の外側に、高度な技術で網目の透かし彫りを施した二重構造の瓶。このような器は国内の伝世品ではほとんど知られていない。有田窯 1700~1730年代 ロースドルフ城蔵オーストリアの首都、ウィーンの北約70キロにあるロースドルフ城。美しい森と田園地帯にある古城です。現在の城主、ピアッティ家はもともと北イタリア出身で、18世紀後半にドイツのドレスデンに移住、ザクセンの宮廷で高い地位を得たとされています。ロースドルフ城を獲得し、移り住んだのは19世紀前半、今から5代前のことです。歴代の城主は芸術を愛し、なかでも東洋の陶磁器を熱心に蒐集、そのコレクションを維持、拡大してきました。
先々代城主、フェルディナンド・ピアッティのときに第二次世界大戦が始まり、膨大な陶磁器のコレクションは地下室に隠されました。しかし終戦直前の数か月間、城を接収した旧ソビエト軍がそれを見つけてしまいます。彼らは撤収する際、かつて城を豪華に飾っていた陶磁器の大多数を、心なくも破壊して去っていったのです。
旧ソビエト軍により破壊されたおびただしい数の器は、見る者に大きなショックを与える。今回の展観ではロースドルフ城の内部を一部再現する形で、こうした破片も展示される予定。この陶片群が今回の物語の主役です。粉々に砕け散った大皿や壺が散らばる姿に、大きな衝撃を受けない人はいないでしょう。
ロースドルフ城のコレクションは、17世紀以降に日本から輸出された色絵の伊万里磁器、中国・景徳鎮窯の器が中心で、ほかにオランダのデルフト窯やドイツのマイセン窯、デンマークのロイヤル コペンハーゲン社など、ヨーロッパ各地の名窯の器が所蔵されています。残された陶片の数は1万点以上におよび、現在はあえて、城の一室の床に美しく散らすように展示され、インスタレーションとして公開されています。