家で過ごす時間が増えた今、その価値が改めて注目されている「花」の世界を代表して東京・六本木の老舗洋花店の4代目社長、後藤尚右(なおすけ)さんにご登場いただきました。若くして海外で経験を積んだのち、抜群の行動力で日本の洋花文化を発展させてきた後藤さんの軽妙な語り口は落語家のよう。松岡さんとの楽しいやり取りをお届けします。 *『家庭画報』2020年11月号掲載。この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。本取材は感染予防対策を徹底して実施しました。
後藤さんが「常に最高品質の洋花を揃えています」と胸を張るゴトウフローリスト 六本木本店にて撮影。松岡さんはいちばん好きな色であるオレンジのマリーゴールドを、後藤さんはピンクのガーベラを手ににっこり。松岡さん・スーツ、シャツ、靴/紳士服コナカ第27回
ゴトウ花店 代表取締役社長 後藤 尚右さん
後藤 尚右さん NAOSUKE GOTO1962年東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、アメリカ、フランス、ドイツ、オランダ、イタリアの大都市の花店を巡り、3年間修業を積む。帰国後、海外で学んだ技術や知識を生かして、曽祖父・後藤午之助が創業したゴトウ花店の発展に取り組む。2001年に3代目の父・一郎さんの跡を継ぎ、同社代表取締役社長に就任。現在は都内に5店舗ある花店の経営とともに、フローリストの育成やレッスンの講師、講演活動なども行う多忙な毎日。驚きと感動の連続だった欧米の花店での修業時代
松岡 後藤社長は家業のゴトウ花店を継がれる前に、海外で数年間、修業されたそうですね。
後藤 アメリカとヨーロッパの花店で3年間修業しました。
松岡 花の文化、考え方は国ごとに違うのではないですか。
後藤 全然違いますね。たとえば、アメリカにはラッピングの概念がありません。
松岡 え!? 概念がないとはどういう意味ですか。
後藤 鉢植えのギフトを段ボールみたいな紙でくるんで、ホチキスでバンバンバンと留める。日本人の感覚からすると、ラッピングとはいえません。ちなみに花に限っていえば、ラッピングのナンバーワンは日本。丁寧で素晴らしいです。
松岡 それは嬉しいですね。
後藤 逆にアメリカのよいところはダイナミックさと、既成概念にとらわれないチャレンジ精神です。私が忘れられないのは、マンハッタンのオフィスビルのロビーを貸し切って行った結婚披露宴です。天井が7メートルある空間を一から装飾したのですが、持ち込んだテーブルの中央の穴から2メートルの木が生えているように見える飾りつけをしたんです。
松岡 2メートルの木! 既成概念の枠を思いっきり超えていますよね!
後藤 そうなんです。その木にキャンドルを吊るして火を灯した様子は、実に幻想的でした。そうした空間演出を勉強したのは非常に大きくて、帰国後、何もないホールに森を造ったり、芝生でバージンロードを造ったり、いろいろやりました。
松岡 まさに経験が生きた後藤社長ならではの発想ですね。ヨーロッパの花店はいかがでしたか。
後藤 パリでは色彩感覚に衝撃を受けました。うわっと驚くような意外性のある色合わせが本当に美しくて。すっかり魅了されました。
松岡 そういえば、全仏オープンで選手に贈られる花束もいつもお洒落です。フランスの人たちは食への探求心が旺盛ですが、花に対しても同様の探求心があるのでしょうか。
後藤 間違いなくありますね。
松岡 ほかの国にも行かれましたか。
後藤 はい。ドイツは技術が非常に正確で、新しいテクニックを生み出すのも得意です。ただ、色づかいは地味ですね。ほかにオランダとイタリアも行きましたが、それぞれに特徴があり、学ぶところがありました。
松岡 では、日本の花店の特徴とはなんでしょう? ラッピングも含め、おもてなしの心を大切にされている印象がありますが。
後藤 おっしゃるとおり、おもてなしの精神、こまやかさ、丁寧さは、日本の花店が世界に誇る特徴です。たとえば結婚披露宴のお花を手がける際、私たちはお客さまのご希望を伺って、絵に描いてご提案します。海外ではそういうことはまずしません。また、日本人はほかの国のよさを取り入れる能力にも長けています。
松岡 それはほかの分野にも共通する日本人の特性かもしれませんね。
後藤 ええ。自動車に代表されるように、日本人は外国のものを柔軟に取り入れて改良し、独自のものをつくり上げるのが得意です。花の世界においても、その点は欧米の人たちより優れていると思いますね。