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【野村潤一郎先生の動物エッセイ「Q」を探せ!】私を熱狂させた“怪獣”と呼ばれる巨大な生物たち

2020.11.05

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当時の新宿はまだ自然が残っていて虫たちが沢山いた。土を掘り、石をどかし、枯れ木を割り、立って見える範囲を捜索し尽くすと、今度は空を求めて木に登り、水の中にもその姿を求めた。税務署通りの角を曲がり細い坂道を登ると成子天神社があった。その敷地内で昆虫を観察するのが日課だった。

ある日いつものように土を掘っていると100枚近くの10円玉が出てきた。地面から沢山の硬貨が発掘されるのはまさにミステリーであり、これこそ日常に潜む「Q」の世界だと心が躍った。

嬉しくなってこれを祖父に見せたところ「神様に頼る人が願をかけて埋めたものだから、元の場所に戻してきなさい」と静かな口調で叱られた。私はこの説明に納得したが、怪獣よりもはるかに非現実だと思っていた神様が存在し、しかも願いは有料だったという世知辛さに対してさらなる「Q」を感じた。


帰り道に同年代の友達に会った。私は彼の顔を見てぎょっとした。顔一面に隙間がないくらいびっしりとイタズラ書きをされていて、しかもそれは油性のマジックインキによるものだった。太い線だらけで真っ黒になった顔に目だけが光っていて、まるで件のドラマの第20話に登場する海底原人ラゴンのようだった。

「自分で描いたの?」

「いじめっ子にやられた」

「ひどいね」

「殴られて頭もコブだらけだよ」

こんなことをするやつがいるなんて! これも「Q」の一種に認定できる。私は持っていた全財産の30円を“願いの代金”として土に埋め神様に“注文”した。

「この哀れな海底原人が、いじめっ子に苛められませんように」。彼は切れた唇で小さくつぶやいた。「ありがと」

虫取り

数日後、天神様のエノキの梢にギラギラと輝く飛行体を目撃した。音のない夏の炎天下、青い空と濃緑の葉を背景にふわふわと移動する“空飛ぶ火の玉”が虹色に光りながら目の前にいる。幻想的な光景だった。

「神様が願いを叶えてくれるのかな、あれが怪獣になっていじめっ子を食べてくれるのかな……いや違う! あれは!!」

それは神の使いではなく、生まれて初めて見る生きたヤマトタマムシだった。

このように不思議の正体は“まれにしか現れない現実の何か”だったりする。この美しい昆虫はオスが上空をパトロールして地面近くのメスを探す。交尾をした後、メスは朽ち木の隙間に尻の先を入れて卵を産む。この知識は裏の小林のおじさんが貸してくれた大人向けの昆虫図鑑によって学習済みだった。

我にかえり虫取りアミを振る。しかしオモチャ屋で買った子供だましのそれでは短すぎて届くはずもなかった。

「大人用の長いやつがほしいなあ」

この時の悔しさが忘れられず、私は現在3段ロッドで最大3メートルに伸びる高級品を常に携帯している。そんなものを使って今さら虫を獲るのかといわれれば、そうでもない。

現在の私は、5歳の頃と違って世界中の昆虫をお金で買える。だから蚊に刺されたり、毛虫まみれになったりしながら、網を振るのはあまりやらない。
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