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松本幸四郎夫人・藤間園子さんが案内する「東京友禅」の魅力

2020.11.05

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松本幸四郎夫人・藤間園子さんが案内する「江戸の手仕事」 歌舞伎俳優の夫を支えるなかで、きものを着る機会の多い藤間園子さんが江戸時代から続いているものづくりの現場を訪ね、日本の装いの文化と伝統工芸の魅力をお伝えします。

右は、雲ぼかし地に山の稜線を背景に華やかな花々を友禅と刺繍で表現した訪問着。左奥のきものの立ち木の柄は、大羊居の創業者である野口功造から受け継がれているモチーフ。ピンクの地色に木立をはっきりとしたシルエットで描き、パンジーなどの洋花をその上に配してオーナメントのように表現したモダンな雰囲気の訪問着。きもの/ともに大羊居

第1回 東京友禅


白石 旭さん(「大羊居」代表取締役)



主に百貨店との取り引きなどの販売やプロデュースの担当者として「大羊居」を支えてきた代表取締役の白石 旭さん(左)と松本幸四郎夫人の藤間園子さん(右)。中野にある大羊居の工房にて。(藤間さん)小紋・帯/弓月京店 帯揚げ/和小物さくら 帯締め/道明

東京の好みを生かした洗練された友禅


藤間 友禅といえば、京都で生まれた模様染めですね。今回、江戸の手仕事がテーマということで、東京友禅を代表する「大羊居(たいようきょ)」さんの作品を拝見して、絵画的な魅力のある素晴らしいおきものだと思いました。

白石 ありがとうございます。私どものルーツは安永元(1772)年に江戸で呉服太物業という呉服商を始めたことに遡ります。大黒屋幸吉という人が「大幸」というお店で京都の品物を売る商売をしていて、明治8年にその店の4代目の養子として河村彦兵衛を迎えました。

当時江戸はすでに東京と改称されていましたので、彦兵衛は「東京人に合うきものがあるはずだ」という考えからものづくりを始め、大黒屋の彦兵衛から「大彦」という、今でいうブランドのようなものを立ち上げて、京都から職人を集めて、自分で作ったものを売るようになったんです。

大羊居の代名詞ともいえる染めの色と同系色の色で刺繍をする「江戸染繍」は、この彦兵衛が始めたものを彦兵衛の長男で大羊居の創業者である野口功造が確立した技法です。この技法を功造と大彦の跡取りとなった弟の野口真造の二人が江戸染繍と名づけ、この優れた技と作風が受け継がれてきました。

原寸の絵羽文様模様。

藤間 功造さんが大羊居を創業されて、真造さんが大彦を継がれたのはどのような経緯だったのでしょうか。

白石 二人が大彦を継いだ当時は、機械捺染でいっぱいものづくりをしようという気運があったそうです。

そんなときに法隆寺や正倉院の古裂を復元した日本の染織研究家の第一人者として知られる初代の龍村平蔵さんから貴重な助言をいただいたそうです。

龍村さんは彦兵衛と懇意にされていたそうで、東京にいらした折りに野口兄弟に「君たちの父が目指していたようなものづくりをちゃんと継承していかなければならないのでは」といわれ、それならば二人で一緒にいる必要もないからと、それぞれの道を歩む選択をして、今の大羊居は、そこから始まりました。

藤間 功造さんと真造さんの作風の違いはあるのですか?

白石 残念ながら私はお二人に会ったことがないのですが、聞いたところによれば功造は天才肌で、真造は学者肌だったそうです。

作品を拝見しましたが、真造は「糊味(のりあじ)」という手法を使った緻密な表現をしていましたし、功造の作品は構図が大胆で、“間”の美学を追究していたと思います。二人は彦兵衛が集めていた古い時代の「小袖」をきちんと見て学んでいるので、どういうふうに刺繍を入れると効果的なのかなど、しっかりと理解していたんです。

藤間 そういう原点となるものをきちんとおわかりだから、新しいものを創作なされるんですね。

白石 はい、そのうえで二人は作品に昇華させることを実践しました。

初代野口功造の時代から描かれてきた下絵は、アーカイブとして大切に保存され、デザインの参考にもされている。

制作の総指揮をしている里山睦美さん。袖の絵柄を清書している。
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