©2019, Hatch House Media Ltd.虚飾を一枚ずつ剝がし、作家(カポーティ)の心を見せていく
ナビゲーター・文/福岡伸一米国の作家トルーマン・カポーティは、オードリー・ヘップバーンが演じた名作『ティファニーで朝食を』の原作者として名を上げ、実際に起きた一家惨殺事件を取材して書き上げたノンフィクション・ノベル『冷血』によって時代の寵児となった。
ニューヨークのプラザ・ホテルで一大仮面舞踏会を催し、世界中からセレブを呼び寄せた。
美少年でありながら、小動物のような愛らしさがあるカポーティがパーティで、マリリン・モンローとダンスをしている写真が残っている。メガネのカポーティはモンローよりずっと小柄で、どこか不安げな表情だ。
流麗な美文を紡ぎ出す早熟の天才。ハイ・ソサエティの常連。メディアへの積極的な露出。そんな自己演出とは裏腹の、薬物やアルコールによる自己破壊への希求。
最後の作品『叶えられた祈り』では、セレブたちの生態を暴露し、自らをさらに破滅へと追い込んだ。
村上春樹は、カポーティをモーツアルトになぞらえている。日本なら三島由紀夫的といえるかもしれない。
一方で、カポーティには『クリスマスの思い出』のような素朴な短編がある。おばあさんと一緒に、森にツリーの木を探しに行き、持って帰る話。なんの変哲もないこの物語のどこに天才性があるのだろう。私はずっと不思議に思っていた。
本作では、カポーティ自身の記録映像とともに関係者の証言をつなぎ合わせ、カポーティが意図的にまとった外側の虚飾を一枚ずつ剝がしていく。そして、その内側に隠された、ナイーブで純粋な、傷つきやすい少年の心を取り出して見せていく。
カポーティは、自分の背が低いことを気に病んでいた。少年時代、離婚した両親と別れ、不安な日々を送った。同性愛者であることを受け入れてもらえないことに悩み、上流社会に憧れ、結局は果たせず自殺した母に自責の念を感じていた。
虚栄のかがり火に身を焦がしつつ、最後まで大切にしていたのは、少年時代に手作りしたクッキーを入れた、ブリキの缶だった。
その中にしまわれているものは、カポーティが『クリスマスの思い出』で書いたものと同じ憧憬なのだと、この映画を見て、私はようやくわかった。
福岡伸一(ふくおか しんいち)生物学者。『生物と無生物のあいだ』『動的平衡』など著書多数。ブックマイスターを育てる福岡伸一の知恵の学校も開校中。近著に『ナチュラリスト生命を愛でる人』など。 『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』
19歳のときに執筆した「ミリアム」でオー・ヘンリー賞を受賞。恐るべき子ども(アンファンテリブル)と称された早熟の天才カポーティ。作家として、セレブリティとして話題を振りまきながら、未完の問題作『叶えられた祈り』で社交界から追放された──そんな彼の謎に包まれた素顔に迫るドキュメンタリー。
2019年 アメリカ・イギリス合作 98分
監督・製作/イーブス・バーノー
出演/トルーマン・カポーティ、ケイト・ハリントン、ノーマン・メイラー、ジェイ・マキナニー
公式URL:
http://capotetapes-movie.com/2020年11月6日より、Bunkamura ル・シネマほか全国順次公開中 取材・構成・文/塚田恭子
『家庭画報』2020年12月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。