ジンクスを破ってでも、時計を贈った気持ちとは……
トシ・ヨロイヅカのショコラはいずれも、南米エクアドルに作った専用農園で収穫したカカオ豆を用いたオーガニックショコラ。農園のリノベーションから手がけ、カカオの苗木の植樹もご夫婦で行ったのだそう。素材を育て、収穫し、オリジナルなメニューへと昇華して製菓――、それはまるで“マニファクチュール(一貫製造)”な時計作りとも相通ずるようなスピリットが。「ビスキュイ・クーラント・ショコラ・バナンヌ」は、11月中旬からサーブされる季節限定の魅惑的なひと皿です。「祖父や父が京都の家具職人だったこともあり、小さい頃から僕の中には職人へのリスペクトが強くあったと思います。女房の川島なお美も、職人気質が大好きな人だったので、僕が大切にしているIWCの魅力もよくわかってくれていました。
修業時代を過ごしたシャフハウゼンの町にも2人で旅行へ出かけましたし、その後いくつかIWCを買い足していくときにも、明るく背中を押してくれました」。
鎧塚さんにとって、IWCの時計は職人としての初心や志のシンボルであり、さらなる高みへと奮起させる起爆剤のようなものだと、なお美さんも理解なさっていたのでしょう。
「面白いのは、最初のIWCの時計のことを、それはあなたにとっての“本妻さん”のようなものね、その時計はずーっと大切にしないとダメよといって、時計に呼び名をつけていたことです」。ウイットに富むなお美さんらしいエピソードです。
「女房はIWCの魅力を誰よりもわかってくれている半面、あなたには時計を絶対プレゼントしない、ともいっていました。それまでの恋愛で時計を贈ると終わりになるみたいな、個人的なジンクスがあるからと」。もしかしたら、男性の趣味の世界には立ち入らないという、なお美さんならではの線引きがあってのことだったのかもしれません。
鎧塚さんは人生の節目ごとに、水深2000メートルまで対応するダイバーズウォッチ「アクアタイマー オートマティック2000」、またあるときは磁気に強く、視認性の高い「パイロット・ウォッチ」など、男の浪漫に浸れる腕時計を少しずつ増やしていきました。
「水深2000メートルの機能を説明していたら、それであなたはどのくらい水に潜れるの?と問われて、え、2~3メートルだけど、と。そうしたら、じゃあ、もしものときは、その時計だけが私の手もとに残るというの!? と驚かれましたが(笑)。必要ないかもしれない機能に夢を馳せるのも“男の浪漫”なんです」。
なお美さんは、即行動&工夫に溢れていた人でもあったそう。「僕が仕事で忙しいことを理解していて、パーティに連れ出す用のマオカラーのジャケットを10着ほど用意してくれていました。コックコートの上からでも羽織れて、パーティ後もすぐに仕事に戻れるように。おかげで人づきあいも広がりました」。
今の手持ちの中でパーティへ赴く際に着ける時計は、ある一つのモデルです。「すごく驚いたのですが、女房が亡くなった数週間後の僕の誕生日にIWCの時計が届けられたのです。2人の名前の刻印もされ、紛れもなく彼女が準備してくれたもの。いったいどうして時計を?と不思議で、ずっと考えましたよね……」
なお美さんのセレクトは上品なゴールドのインデックスが印象的に輝く、晴れの席に合うものでした。最愛の人がこの先ずっと輝く時間や人脈に包まれるように、となお美さんらしい“女の浪漫”を込めた贈り物だったのかもしれません。
「女房、川島なお美が旅立った後に届いた時計です。想いは、今も僕の腕に」
左・奥さまから贈られた「ポルトギーゼ・オートマティック」。留め具の内側には「To Toshi from Naomi」のエングレービングも。中・初めて購入した「ポートフィノ オートマティック」。右・「パイロット・ウォッチ」の稀少なサンテグジュペリ・モデル。贈られた時計には2人の名前の刻印が