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「『くるみ割り人形』ほどダンサーの力を引き出す曲はない」斎藤友佳理さんが語るチャイコフスキー

2021.01.14

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私たちの心に寄り添うチャイコフスキー 第7回(全9回) 2020年に生誕180周年を迎えたピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840~1893年)。時に甘く、時に悲しく、深く、語りかけるその音楽は、子どもから大人まで聴く者の心をとらえて離しません。本特集では、彼が生前暮らした家や資料、チャイコフスキーに魅了されたかたがたの言葉から、チャイコフスキーの心の奥底、その音楽の真髄に迫ります。前回の記事はこちら>>

指揮者、演奏者、演出家が語る
チャイコフスキーの聴きどころ(4)


(1)小林研一郎さん>>
(2)千住真理子さん>>
(3)藤田真央さん>>


斎藤 友佳理さん
斎藤友佳理(さいとう・ゆかり)さん
ソビエト時代のロシアへの短期バレエ留学を繰り返し、1987年に東京バレエ団に入団。東京バレエ団のプリマとして世界の舞台に立つ。2015年に東京バレエ団芸術監督に就任。後進の育成に努めるとともに『白鳥の湖』に続いて昨年『くるみ割り人形』の新制作を行う。夫はボリショイ劇場の元プリンシパル、ニコライ・フョードロフ氏。

【バレエ音楽】
「『くるみ割り人形』ほどダンサーの力を引き出す曲はない」
斎藤 友佳理さん(東京バレエ団芸術監督)


くるみ割り人形
東京バレエ団の新制作の『くるみ割り人形』の舞台。お菓子の国に辿り着き踊るマーシャとくるみ割り王子。 舞台写真/Kiyonori Hasegawa

「チャイコフスキーの三大バレエ曲の中でも、最後の作品である“くるみ”は特にスコアも複雑で旋律が素晴らしい。お菓子の国でマーシャが王子と踊るグラン・パ・ド・ドゥのアダージョなど交響曲のようで、これをただのバレエ曲ですませてはいけないと思うくらいです」

クリスマスの晩に少女に起きる不思議な夢の世界を描いたホフマンの童話を原作とする『くるみ割り人形』。12月に入れば世界は“くるみ”のバレエ公演一色となります。

東京バレエ団では、芸術監督の斎藤友佳理さんが昨年念願の『くるみ割り人形』の新制作をしたばかり。実は斎藤さんにとって“くるみ”は因縁の曲です。

くるみ
招待客で賑わうクリスマスパーティー。

東京バレエ団の母体であるチャイコフスキー記念東京バレエ学校ができたのが1960年。『くるみ割り人形』はそこで斎藤さんの母・木村公香さんが同校で初めて踊った作品で、今年は60周年という節目の年。

また1996年、斎藤さんが公演中に転倒し、靭帯断裂という大怪我をしたのもこの曲。一時はダンサーとしては再起不能と宣告されたものの怪我を克服し、5年後に“くるみ”を見事に踊り上げます。

お菓子の国へ行く途中の雪片のワルツ
お菓子の国へ行く途中の雪片のワルツ。

「ツリーがだんだん大きくなっていくタラララーラ、タラララーラ(第1幕第6曲の中盤)の場面など、音楽と自分が一体化して、本当にダンサー冥利に尽きるというか、言葉ではなく踊りで表現できる幸せを音楽が感じさせてくれる。復帰の時、怪我をした場面を乗り越えられたのも、あの音楽のおかげじゃないかなと思っています」

お菓子の国でのコール・ド・バレエ
お菓子の国でのコール・ド・バレエ。

「チャイコフスキーは私にとっての原点」という斎藤さんとチャイコフスキーとの出会いは早く、小学校に入った頃。カセットテープに録音された『ピアノ協奏曲第1番』を繰り返し聴き、「音楽ってなんて素敵なんだろう」と聴くたびに涙を流していました。

ご両親に音楽会によく連れていってもらっていましたが、その時にはついウトウトしてしまうこともあったといいます。そして目覚めが10歳の頃。

「指揮者はムラヴィンスキー、曲は、レコードでよく聴いていたチャイコフスキーの『交響曲第5番』でした。会場でそれを聴いた時、鳥肌が立つような“震え”が来たんです。劇場の空間はこの時この瞬間で二度と同じものはないと感じて。それはバレエも同じです」

その“震え”は“くるみ”の舞台へと繫がっていきます。

マーシャが金平糖の精で着るチュ・チュ
マーシャが金平糖の精で着るチュ・チュ。

「うまく踊れるか、疲れずに最後まで踊れるかは指揮がすべてといってもいいのですが、いい音楽だったらいいバレエが生まれる可能性はあると私は思います。でも音楽が単調で面白くないと、ダンサーの感性がうまく観客に伝わらない。まず自分自身が音楽を肌で吸収して曲と一体化して、指揮者がそのテンポに乗せてくれて、すべての要素がうまく調和した時に、できなかったことまでもができる。

それは音楽と指揮者とダンサーが一つにならないとだめなんです。“くるみ”は体力的には苦しい作品だけれど、本当にそういった一体感を感じさせてくれるし、ダンサーの可能性をいちばん引き出してくれる作品です」

マーシャの母の衣装とアラビアの踊りの男性の衣装
右・マーシャの母の衣装。左・アラビアの踊りの男性の衣装。細部まで完全な仕上げが夢の世界へと観客とダンサーを誘う。

東京バレエ団の新制作“くるみ”は、ワイノーネン版を下敷きに少女マーシャがクリスマスツリーの中に入っていくというオリジナルな仕立て。先のシーンにもこだわりがあります。

「タラララーラのところで踊りながらいつも“もっと音楽を感じたい”と思っていたのに、古いバージョンでは上手に下手にと舞台を動き回らなければならないのが自分の中で不本意だったんです。だって、あまりにも音楽が素敵なんですもの。だから新制作では、『マーシャはセンターに立って動かなくていいから素直にこの音楽を受け止めてほしい』っていいました」

昨年よりさらに進化しているという東京バレエ団の“くるみ”。チャイコフスキーの流れる万華鏡のような世界が今年も幕を開けます。

舞台作り
新制作決定から公演までわずか10か月。バレエの本場ロシアの6つの工房に舞台作りの仕事が振り分けられるが、背景も200着に及ぶ衣装も完全な手作り。バレエの国の底力を感じさせる。 写真/Sergei Fedorov, Alexey Semenov, Boris Karpov
撮影/本誌・大見謝星斗、大泉綾平 取材・文/菅野恵理子 編集協力/三宅 暁 取材協力/Natalia Goryacheva ロシア国立チャイコフスキーの家博物館

『家庭画報』2021年1月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。
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