“外来生物法”は帰化動物の拡散を防ぐためにある。
アライグマやアカミミガメなどが対象になるが、環境破壊を防ぐために問答無用で飼育禁止だ。しかし、カミツキガメがこの中に入ることになるとは、30年前には考えもつかなかった。
このカメは大きく逞しく活発で飼って面白い生き物ではある。成長すると一抱えほどにもなり、陸に上がると特に凶暴になる。怒るとばね仕掛けのように首を伸ばし、強力な嘴で素早く咬みついて引きちぎる。
何かの番組で爬虫類好きの青年がこのカメの甲羅をさすっていたが、どうやら彼は飼ったことがなかったようだ。カミツキガメの顎は背中にも届く。触れてよいのは尾とその周りの甲羅のフチだけだ。運ぶ時は太い尾を摑んでブラ下げるのが正しい。もっともそうしたところで、ナイフのように鋭い爪の生えた後ろ足で猛烈な蹴りをお見舞いしてくるのだが。
“デカすぎる”のも飼育の壁になる。
1992年のポッキーのCMを覚えている方はいないだろうが、女優さん演じる疲れたOLが小さな水槽にいるナマズに「むーちゃんはいいよなぁ……」と話しかけるというものだ。テレビに出た生き物が流行する日本特有の悪い習慣は、この時も例外ではなかった。しかし、このむーちゃんはレッドテールキャットというアマゾンの巨大魚の子供であり、成長速度が大変に早いため頻繁に水槽を大きなものに買い替えることになる。ちなみに私の飼っていた個体は1985年から25年間生きたが、最終的に全長は1メートルを超え、水槽の水量は2トンに達した。
“鳴き声が大きい”というのも気を付けなければならないポイントだ。特に大型の鳥は注意が必要だと思う。ショップの広い空間ではそうでもないと感じても、家に連れて帰ってきたら10倍くらいうるさかったりする。鳥にはいくつもの鳴き方があるので、一通り把握しておいたほうがよい。
私のパプアシワコブサイチョウは、明け方になると大型の建築機械のような声で朝の歌を歌う。病院ビルだからよいが、一軒家だったら引っ越しは必至だっただろう。こういう大型の鳥は美しく賢いので非常に魅力的ではある。
“臭すぎる”生き物にも注意したい。
臭い動物といって頭に浮かぶのはスカンクだが、昔飼っていたスカンクのソロモンは特有のニオイはあったものの、それほど臭くはなかった。肛門腺から催涙弾を出すことは一度もなかったし、毎週ごきげんでバケツ風呂に浸かり清潔そのものだった。ほとんどの生き物はまめに手入れをしていれば臭くならない。
しかし、シデムシはどうにもならない。漢字で書くと「死出虫」となる。自然界において死体処理という重要な役割を担う分解者だ。この虫は社会性昆虫であり土中に死肉団子を作ってから卵を産み、孵(かえ)った幼虫を両親が育てる。音声でコミュニケーションをとり、最終齢にまで育った幼虫たちが巣立つ際には最後の1匹が出ていくまで母親が見送るという。
これらの興味深い習性を観察したくて千葉の奥地に住んでいる友人に生きた虫を送ってもらった。しかしその吐き気を催す悪臭に我慢ができなくなり、というか実際に続けざまに何度も嘔吐することになり、仕方なく夜の東関東自動車道を飛ばして返しに行った。
“エサが血”というのもハードルが高い。
巨大な外国産のヒルを飼う人がいる。最初は金魚などをエサにするが皮膚にペタペタ張り付いて「おなかすいたよ~」と“せがんでくる”ため、やっぱりというか、そうだろうねというか、最後は飼い主が腕を差し出して自分の血を吸わせることになるようだ。
この辺りになると動物飼育の様々な装飾を全てはぎ取ったピュアな芯の部分、つまり慈しみと苦痛のみの世界になっている気がする。実用的な用途が根底にある家畜たちと違い、生き物たちに見て触って楽しむだけのペット要素を求めた場合、このように制約があるものほど刺激的で興味深く面白かったりするが、どこでどう折り合いをつけるかは皆さんの情熱次第だ。
野村潤一郎(のむら・じゅんいちろう)
野村獣医科Vセンター院長。拠点とする東京・中野の病院には全国からその腕を頼って患者が殺到。診療の根底にある科学する心と動物愛が医療技術に磨きをかけ、動物たちの守護神として日夜奮闘。自らさまざまな生き物を飼育し、日本におけるペット事情を知り尽くしている。
『家庭画報』2021年2月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。