レジェンド料理人、今を生きる。「小松弥助」森田一夫さん 91歳の「日々前進」
森田一夫さん(もりた・かずお)すし店の長男として神戸市で生まれる。15歳ですし職人の道に。神戸、大阪、東京で修業を重ね、1957年に石川県小松市の「米八」へ。67年「小松弥助」開店。98年金沢市に移転。2017年に金沢市で新店舗をオープン。 上の写真は、いつものグーポーズと笑顔。「おやっさん」。「小松弥助」のご主人、森田一夫さんは親しみを込めてこう呼ばれています。1931年生まれの91歳。北陸新幹線が金沢まで開業した2015年、84歳のとき、金沢市内で17年間続けたお店ののれんを下ろしました。すし好きの間で「もう小松弥助のすしは食べられないのか」と惜しむ声が多く寄せられましたが、2年後に新たな場所で再開。
「新幹線開業で、店がバタバタし始めました。お客さまに最高のすしをゆっくり味わっていただくにはどうすればいいか。その準備期間として、いったん休むことにしたんです。僕は生涯一職人。定年はないからね」
店を閉じたといっても、包丁を置いたわけではないと、再開までの期間、京都に住んでさまざまな情報を仕入れ、市場へ通うこともやめませんでした。新たなステージとなるお店の再開は2017年。86歳のときでした。
新しいお店は午前11時半に開き、お客さまを3回に分けてお迎えし、午後6時にお店を閉めます。営業中に休憩はなし。ずっと立ちっぱなしです。体力的に大変ですが、その原動力は「今日より明日。よりおいしく握るためには何をすればいいのか」というすしへの想いです。
そのために「これでいいのかと、ずっとクエスチョンを持ち続けてきました」。スマートフォンを使いこなし、昨年からパソコン教室に通っているのはインターネットでさまざまな情報を得たいから。絶えず疑問を持ち、“なぜ”を追求してきたからこそ、森田流の独特な仕込みや握り方が生まれたのです。
ラジオDJ デビューも。エフエム石川の生ワイド番組『Flyin' Pop』内で月2回、「小松弥助 森田一夫 僕の心」と題した10 分間のコーナーで、味の極意や好きな音楽について自ら語る。●エフエム石川「小松弥助 森田一夫 僕の心」の放送の一部をこちらからお聴きいただけます(2月1日より)。https://audee.jp/program/show/100000490例えば「舞うように握る」といわれる握り方。お客さまの口に入る前に、ネタやすしめしに息をかけないために自然に生まれた所作です。
森田さんは指先のほんの少しの部分でしか、ネタに触れません。ネタに余分な温度とストレスを与えないためです。すしめしをふんわり手にとり、ネタとともに軽く握り、お客さまへ。口の中ですしがほどける至福の瞬間が訪れます。
巻き物も、息がかからないように両腕を横に伸ばして海苔とすしめしをとる。巻き物にはもったいないような上等な大とろをたたいて、白髪ねぎと巻き、すっとお客さまへ手渡し。もう一つは「伝説のいか」と称賛されるいかの握り。厚さ数ミリのいかを透けるほど薄く三枚におろし、包丁の刃先でひっくり返すと、くるりと身がカールします。さらに細く切ることでねっとりとして甘みが増します。
伝説とまで言われる「いかの握り」。最近、仕込み方法を変えたのが甘鯛です。ひと塩して天日に当てた甘鯛を昆布でしめていたのを、甘鯛をペーパータオルで包んでから昆布を巻くことに。
「昆布は香りづけに使うのでじかにはつけません。ふわりと昆布の香りだけがするの」。注文が入ってから、甘鯛を2枚に薄切りにし、あぶって香ばしさも加えています。このように、森田マジックは日々進化しています。
91歳にして現役を続けるのはなぜ?との問いに、「この先、もっとおいしいすしを握りたいという執念でしょうか。そして、今店にいる若い子7人を育て上げたい」。
6年前、「小松弥助」に5人の弟子が入りました。おやっさんの厳しい指導にもかかわらず、脱落者はなし。日々精進しています。「今、8割ほど学び終わっていますが、これからのほうが厳しい道が続きます」。
「市場の厳しさも知ってほしい」と、最近は毎日の仕入れを任せるように。店に戻れば、「どうしてこの魚を仕入れたのか」を徹底的に話し合います。森田さんは、魚を見ただけで、どこの産地かいい当てるほどの目利き。一つ一つ具体的に教えてもらうことはいかに貴重か。技術も伝えていますが、「いちばん大切なことは礼を尽くすこと。人にも食材にも謙虚であり続けること」。
すべてはお客さまに最高のすしを握るため。再開後のお店では、握ったすしをお客さまの手のひらにのせるようにしました。「お皿に置くより、さっと渡したほうがワクワクしてもらえます。僕の心ものせていますよってお伝えしています」。このひと言に涙を流すお客さまも。
おやっさんは、お客さまへの心配りも弟子たちに学んでほしいと、今日も板場に立ち続けています。
いつも感謝の言葉を周囲に忘れず、読書家らしい森田さんの言葉。下のフォトギャラリーで詳しくご紹介します。