プロよりおいしく作れる 野菜料理の“ちょっとしたコツ”365 身近な野菜で、プロよりおいしい野菜料理を作ってみませんか? 銀座の日本料理店「六雁(むつかり)」の店主・榎園豊治(えのきぞの・とよはる)さんに、家庭だからこそ実践できる“ちょっとしたコツ”を毎日教わります。
一覧はこちら>> 蓮餅(はすもち)の煮もの椀
今日はれんこんで作った蓮餅を椀種にした煮もの椀をご紹介します。煮もの椀とは聞きなれない言葉かもしれません。椀の名前ではなく料理の名前で、茶懐石の用語です。一般的な吸いものよりも大ぶりの椀を用いて、たっぷりの椀種にあしらいと香りの吸い口を添えて吸い地(薄味で調味した出汁)をはった料理を指します。
蓮餅の材料となるれんこん。茶懐石において煮もの椀は一汁三菜の一菜で酒の肴として出され、飯と一緒に出される味噌汁などの汁ものとは位置づけが異なります。懐石の中の主役ともいわれ、食材の取り合わせに季節感を込めます。
かつては煮もの椀を味わえば料理人の腕がわかるなどと、まことしやかに言われたほど重要な料理でした。しかし、今は薄味の煮もの椀よりもわかりやすいおいしさで、かつインパクトのある魚や肉の料理のほうがありがたがられる風潮があり、料理する側としては寂しい気持ちになります。
力が入る料理なので器にもこだわり、多様な塗りや蒔絵、様々な趣向の煮もの椀が用いられます。菜盛椀(さいもりわん)とも平(ひら)ともいわれる煮もの椀ですが、もともとは、同色同塗り同意匠の四つ椀の一つでした。後にそれが四つ椀から離れていろいろな趣向の椀として発展しました。
今日は秋らしく月に雁の意匠の椀を用いました。「月に雁」といえば郵便切手にもなっている歌川広重の版画が有名ですね。広重が描いた月は満月ですが、この椀の月は右側が半分以上欠けており、今年の月齢では10月31日〜11月2日くらいの月になります。ちょうど今日くらいですね。雁は渡り鳥で昔から和歌の題材にされるなど、日本人にとって思い入れの強い鳥です。中国の故事では良い消息をもたらす使い、幸せを運ぶ鳥ともされています。
椀に描かれた雁に幸福ならぬ口福を運んでもらい、今日も野菜料理を楽しみましょう。
ちょっとしたコツ
・「蓮餅の煮もの椀」は、野菜料理をおいしくする7要素中6要素を取り入れている。
◎旨み ◎塩分 ◎甘み ◎油分 ◎食感 ◎香り 刺激
・蓮餅の生地作りは加熱むらが起きやすいので、途中で混ぜながら2〜3回に分けて加熱する。
・蓮餅の塩味はれんこんの甘みを引き出す程度で十分。濃過ぎると吸い地とのバランスが崩れる。
・柚子は香りに個体差があるので、香りを嗅いでみて、その強さに応じて使う量を決める。
・吸い地は醤油を加えたら間髪置かず、椀に注ぐ。醤油が入った後、吸い地の香りと味のバランスが維持できるのは1〜2分で、時間が経過すると香りが飛び、醤油の味のみが前面に出てきてバランスが壊れる。
「蓮餅の煮もの椀」
【材料(2人分)】・れんこん(すりおろす) 90g(約1節)
・塩 小さじ1/3
・揚げ油 適量
・吸い地(吸いもの出汁) 約360cc
出汁360cc、塩0.6g、薄口醤油6cc、日本酒6cc
・しいたけ 2枚
・カリフラワー(ロマネスコ) 適量
・れんこん(揚げれんこん用)少々
・柚子 適量
【作り方】1.れんこんはピーラーで薄く皮をむき、おろし金ですりおろす。すりおろしたらキッチンペーパーに包み、耳たぶくらいの堅さになるまで汁を絞る。
2.蓮餅の生地を作る。絞ったれんこんをボウルに入れ、塩で薄く味をつけてよく混ぜる。耐熱皿に1cm厚さに広げてラップを生地にぴったりと貼りつけ、500Wの電子レンジで2分加熱する(機種によって加減する)。生地の周りと真ん中で加熱むらが起きる場合があるので、一度、電子レンジから取り出して生地をよく混ぜ、再度2分程度加熱する。火が入った生地は色が濃くなりもちもちした感触になる。
3.しいたけは軸を外して焼きしいたけにする。「
焼きしいたけ」参照。カリフラワーは塩茹で(塩は分量外)しておく。できれば吸い地くらいに調味した出汁でさっと炊くとよりおいしくなる。皮をむいたれんこんを2mm厚さに切り160℃の油できつね色に揚げ、クッキングペーパーに広げて余分な油を除く。
4.鍋に揚げ油を注いで160℃に加熱し、2の生地を2つに分けて俵型に丸めたものを入れてきつね色に揚げる。
5.吸い地を作る。鍋に出汁を入れて火にかけ、80℃くらいになったら塩を入れて溶かし、90℃くらいになったら薄口醤油を加え、最後に日本酒を加える。味が変わり風味が飛ぶので決して沸かさないことが重要。
6.椀に蓮餅、しいたけ、カリフラワーを盛って吸い地をはり、揚げれんこんと松葉の形に切った柚子を添えて供する。
私たちプロの料理人の中には、色や見た目を味より重視する者もいます。薄味信仰?なのか、本当は少し濃いめの味にしたほうがおいしいものでも、それは恥と、濃いめの味つけを避けます。また、味を素材にしっかりと含ませることがプロの料理と、無理に味をつけなくてもおいしい素材に味をつけて台無しにしてしまうこともよくあります。何より、皆さまがおいしいと思う味にしてください。人の味の好みは様々です。ご自身・ご家族の好み、体調に合わせた味に調整しましょう。レシピに示す調味料などの分量は一例に過ぎません。注目していただきたいのは素材の組み合わせと料理手順、どんな調味料を使うのかということです。味の加減は是非お好みで。 六雁(むつかり)
榎園豊治さんプロフィール銀座並木通りにある日本料理店「六雁」初代料理長であり、この連載の筆者でもある榎園豊治さんは、京都、大阪の料亭・割烹で修業を積み、大津大谷「月心寺」の村瀬明道尼に料理の心を学ぶ。その後、多くの日本料理店で料理長を歴任、平成16年に銀座に「六雁」を立ち上げた。野菜を中心としたコース料理に定評がある。
東京都中央区銀座5-5-19
銀座ポニーグループビル6/7F
電話 03-5568-6266
営業時間 (昼)12時~14時 (夜)17時30分~23時 ※土曜日のみ17時~
(営業時間は変更になることもあります。事前に店舗にご確認ください)
URL:
http://www.mutsukari.com連載でご紹介する料理を手がけてくださる、現料理長・秋山能久(あきやま・よしひさ)さん。 文/榎園豊治 撮影/大見謝星斗