プロよりおいしく作れる 野菜料理の“ちょっとしたコツ”365 身近な野菜で、プロよりおいしい野菜料理を作ってみませんか? 銀座の日本料理店「六雁(むつかり)」の店主・榎園豊治(えのきぞの・とよはる)さんに、家庭だからこそ実践できる“ちょっとしたコツ”を毎日教わります。
一覧はこちら>> 千波大根の磯辺風味
大根は全国に100種類以上の品種があるといわれます。根の長さや太さも様々で、色も白だけでなく赤、緑、紫、黄、黒などがあります。今日はそんな中から数種類の大根を細く切って波のように盛りつけ、和食らしく海苔の風味で供します。
中心は大根、右が間引き大根、左上は紅芯大根、左下はラディッシュ(はつか大根)。大根といえば、演技が下手な役者のことを大根役者と呼びますね。大根は生でも煮ても、どう調理しても食あたりしないということにかけて当たらない役者をそう呼んだとする説。大根が白いことから、白いの「しろ」と素人の「しろ」をかけて素人同然の演技と嘲ってという説などがあります。
役者の器量に関する話はさておき、料理する人間からすれば大根ほど使い勝手がよい野菜はありません。主役にも脇役にもなり、どんな味にも染まります。
そこで大根は大根役者どころか千両役者だということで、千両ならぬ千波(せんぱ。幾重にも寄せて来る波)大根と名づけました。その千波を受ける巌(いわお)に見立てた海苔ゼリー、これがお客さまに大好評の六雁の隠れた名物です。海苔の佃煮のような見かけですが、甘くなく酸味があってぜひ持ち帰りたいというご要望が絶えません。
そのままで飯の供にも酒の肴にもなりますし、刺し身や豆腐など何にでも合います。なぜなら海苔はアミノ酸系と核酸系、両方の旨み成分を併せ持つ稀な存在だからです。味がいまひとつのときに海苔を加えると大概のものはおいしくなります。お茶漬けもそうですね。今日は海苔ゼリーの作り方もお教えします。
名優の誉れ高い歌舞伎俳優、6代目尾上菊五郎が、ある無名の役者に向かって次のように言ったとか言わなかったとか。「大根はうめえぞ。だが、おめえは大根にもなってねえ!」。大根を偉そうに語った私が叱られている気分になります(笑)。今日も野菜料理を楽しみましょう。
ちょっとしたコツ
・「千波大根の磯辺風味」は、野菜料理をおいしくする7要素中5要素を取り入れている。
◎旨み ◎塩分 ◎甘み 油分 ◎食感 ◎香り 刺激
・海苔ゼリーは加減酢を加えるので、ゼラチンを使って固める。寒天で固めるには高度な技術が必要。
・板ゼラチンはたっぷりの水に30分〜1時間つけて十分に吸水させた後に使用する。
・ゼラチンは60℃を超すと熱変性が起きて固まりにくくなるので、温度に注意する。
・海苔ゼリーとともにわさびを添えても刺激が加わりおいしい。
・葉付きの大根を購入したら、葉と根の部分を切り分けてそれぞれラップして保存。葉付きのままだと根の養分が葉に取られてしまう。
「千波大根の磯辺風味」
【材料(3人分)】・大根 8cm
・大根の葉 3本
・紅芯大根 5cm
・貝割れ菜 2/3パック
・ラディッシュ 1個
・食用菊(黄・紫) 各1/2輪
・春菊(茎) 少々
・ドライいちじく 2個
・海苔ゼリー 適量
作りやすい分量:焼き海苔13g(3枚半くらい)、加減酢250cc(出汁6:みりん1.5:濃口醤油0.5:薄口醤油1.5:酢1.5:柑橘酢0.5の割合)、板ゼラチン10g
【作り方】1.大根と紅芯大根は皮をむく。スライサーの厚みを2mm弱に調整し、同じくらいの幅の櫛刃をつけてスライスして細めのせん切りにする。貝割れ菜は4cmに切る。ラディッシュはスライサーの厚みを1mmに調整しスライスする。
2.菊花は洗って花びらをガクから外し、1枚1枚の花びらの先にある種子になる部分と花の真ん中(花びらが短い部分)は苦いので取り除く。菊花の詳しい下処理は「
菊花椀、菊梅雑炊」参照。
3.春菊の茎は2cmに切って茹でて水に放し、水分をきっておく。ドライいちじくは食べやすい大きさに切る。堅い場合は加減酢(分量外)をまぶして柔らかくする。
4.矢車大根を作る。大根の葉を7〜8cmに切り、茎についた柔らかい葉の部分をむしり、茎だけにする。茎の平らな面を下にしてまな板に置き、包丁をねかせて斜めに1.5mm間隔で切り離さないくらいの深さで包丁目を入れていく。次に縦に2mm幅で長く切り、水に放す。しばらくすると茎が丸く曲がって矢車のようになるので、水から上げてクッキングペーパーで水分を除く。「ひと目で分かるプロセス&テクニック」の写真参照。
5.海苔ゼリーを作る。焼き海苔を手でちぎってボウルに入れる。十分に吸水させた板ゼラチンも加えて70℃に温めた加減酢を注ぎ、泡立て器で海苔をほぐすようによく混ぜ、冷蔵庫で冷やす。
6.大根、紅芯大根、貝割れ菜、ラディッシュをざるに入れて、一回り大きなボウルに冷水をためたものにざるごとつけ、水道の蛇口から水を注いでさらす。全体がシャキッとなったら水から上げて水をよくきる。ざるの上に先のボウルをのせて強く振ると水がきれやすい。
7.6を器に波のように盛り、菊花と春菊の茎、ドライいちじく、矢車大根を散らす。海苔ゼリーを巌に見立てて数か所に添える。
私たちプロの料理人の中には、色や見た目を味より重視する者もいます。薄味信仰?なのか、本当は少し濃いめの味にしたほうがおいしいものでも、それは恥と、濃いめの味つけを避けます。また、味を素材にしっかりと含ませることがプロの料理と、無理に味をつけなくてもおいしい素材に味をつけて台無しにしてしまうこともよくあります。何より、皆さまがおいしいと思う味にしてください。人の味の好みは様々です。ご自身・ご家族の好み、体調に合わせた味に調整しましょう。レシピに示す調味料などの分量は一例に過ぎません。注目していただきたいのは素材の組み合わせと料理手順、どんな調味料を使うのかということです。味の加減は是非お好みで。 六雁(むつかり)
榎園豊治さんプロフィール銀座並木通りにある日本料理店「六雁」初代料理長であり、この連載の筆者でもある榎園豊治さんは、京都、大阪の料亭・割烹で修業を積み、大津大谷「月心寺」の村瀬明道尼に料理の心を学ぶ。その後、多くの日本料理店で料理長を歴任、平成16年に銀座に「六雁」を立ち上げた。野菜を中心としたコース料理に定評がある。
東京都中央区銀座5-5-19
銀座ポニーグループビル6/7F
電話 03-5568-6266
営業時間 (昼)12時~14時 (夜)17時30分~23時 ※土曜日のみ17時~
(営業時間は変更になることもあります。事前に店舗にご確認ください)
URL:
http://www.mutsukari.com連載でご紹介する料理を手がけてくださる、現料理長・秋山能久(あきやま・よしひさ)さん。 文/榎園豊治 撮影/大見謝星斗