擬製豆腐(ぎせいどうふ)
今日は擬製豆腐を紹介します。精進料理の定番で絞り豆腐をつぶしたものに具材を加えて、調味成形し加熱した料理です。名前の由来は、一度つぶした豆腐をもとの形にまねて作るので、江戸山王勧里院の僧正・義性が考案したから、奈良の円照寺の義省尼が作ったなど諸説があります。
現在の精進料理ではごぼうやにんじん、しいたけ、きくらげなどをせん切りにして加えますが、もともとは野菜くずを加えていたのではないかと私は思います。神奈川県鎌倉市建長寺に由来する建長(けんちん)汁がくず野菜を無駄なく使って修行僧が食べた料理だったように。現在、法事や専門店で供される精進料理は修行僧のためのものではなく、一般向けの商品ですから皮や切れ端などを加えるわけにもいきません(笑)。
精進料理では野菜を皮や根、切り端に至るまで残さずに使い切ります。そして、それらをなるべく薄く細かく切ることで多くの修行僧たちに公平に行き渡るようにします。建長汁には次のような言い伝えもあります。あるとき修行僧が豆腐を落としてしまい、それを見た蘭渓道隆(らんけいどうりゅう。建長寺初代住職)が洗ってくず野菜の汁に入れたのが始まりとか。擬製豆腐は建長汁の成り立ちの延長上にあると言ってよいでしょう。
「
鋳込みかぶ2種」で紹介したかぶに詰めた豆腐けんちんも、本来は同様のものでしょう。一つの料理が生まれる背景にはそれを作る人々の哲学や姿勢、工夫があるのですね。
建長汁や擬製豆腐にはフードロス対応の原点としても見習うべきものがあります。ただ、いくらフードロスを意識して食材を無駄にせず調理しても、舌の肥えた現代人にとっておいしいものでなければ食べ残されてしまい、本末転倒になります。精進料理の定番だから、伝統的なレシピだからというだけでは独りよがりになりかねず、食べ手を納得させることはできません。
今回は擬製豆腐に野菜だけでなくナッツ類とドライフルーツも加えています。料理屋は多くの種類のナッツやドライフルーツを使うので、使い切れずに半端に残ってしまうことも多いのです。それらが古くならないうちに無駄なく生かすと同時に、擬製豆腐を現代人の舌に合うようにおいしくします。写真をご覧ください。モデルさんや意識高い系の方が食べるビーガンフードのようにも見えますね(笑)。軽食代わりにも酒の肴にもなりますし、おせち料理に入れてもよいでしょう。今日も野菜料理を楽しみましょう。
ちょっとしたコツ
・「擬製豆腐」は、野菜料理をおいしくする7要素中6要素を取り入れている。
◎旨み ◎塩分 ◎甘み ◎油分 ◎食感 ◎香り 刺激
・汁気のあまり出ないものであれば、加える野菜の種類は自由に増やしてよい。細かく切って油で炒めて生地に加える。ただ、ナッツ類とドライフルーツを加えることがポイント。
・焼き型がなければ木製や紙製の折り箱などに生地を流して焼く。あまり大きな折り箱で焼くと、周りと真ん中とで火の入り具合にむらが出たり、真ん中だけが膨れることもある。
「擬製豆腐」
【材料(作りやすい分量)】・絞り豆腐 225g 豆腐の絞り方は「
トマトの白和え」参照
・卵黄 1個
※ベジタリアンは使わなくてもよい。その際は大和いもを25gに増やす
・大和いも(すりおろす) 15g
・砂糖 20g
・濃口醤油 小さじ1
・たまり醤油 小さじ1 ※なければ濃口醤油を小さじ2にする
・干しいちじく(中) 4個 ※好みのドライフルーツに替えてもよい
・むかご 6個
・ぎんなん 6個
・揚げ油 適量
・栗の蜜煮 2個 「
栗の蜜煮」参照
・ナッツ類(アーモンド、ピスタチオ、松の実など) 適量
・野菜(ごぼう、にんじん、れんこん、しいたけの軸など) 適量 ※なければ加えなくてもよい
・サラダ油 適量
【作り方】1.冷蔵庫に残っている半端な野菜を薄く細かく切ってサラダ油で炒める。
2.干しいちじくは縦に4〜6等分する。むかごは洗って165〜170℃の揚げ油で中まで火が通るように素揚げして皮をむき、3等分する。むかごの皮のむき方は「
むかご飯、むかごとぎんなんのかき揚げ」参照。ぎんなんは殻と薄皮をむいて120〜130℃の揚げ油で翡翠色に揚げ、3〜4等分する。栗の蜜煮は6〜8等分する。ナッツ類は粗く刻む。
3.生地を作る。ボウルに絞り豆腐を入れ、キッチン用使いきり手袋をして手で揉むようにつぶす。卵黄、大和いもを加えて混ぜ、調味料をすべて加える。干しいちじく、むかご、ぎんなん、栗の蜜煮を加えて均一になるように混ぜる。
4.生地を流す折り箱は、焼いている途中で生地が膨らんで壊れないように周りを布テープで補強し、底にオーブンペーパーを敷く。
5.折り箱に3の生地を空気が入らないように流して上面を平らに整える。刻んだナッツ類を上面に均一に散らして、生地につくように上から少し押さえる。
6.120℃に予熱したオーブンに入れて100分焼く。折り箱の四隅を切って擬製豆腐を取り出して一口大に切って器に盛る。折り箱からの出し方は「
水羊羹、ココナッツ水羊羹」参照。
私たちプロの料理人の中には、色や見た目を味より重視する者もいます。薄味信仰?なのか、本当は少し濃いめの味にしたほうがおいしいものでも、それは恥と、濃いめの味つけを避けます。また、味を素材にしっかりと含ませることがプロの料理と、無理に味をつけなくてもおいしい素材に味をつけて台無しにしてしまうこともよくあります。何より、皆さまがおいしいと思う味にしてください。人の味の好みは様々です。ご自身・ご家族の好み、体調に合わせた味に調整しましょう。レシピに示す調味料などの分量は一例に過ぎません。注目していただきたいのは素材の組み合わせと料理手順、どんな調味料を使うのかということです。味の加減は是非お好みで。