梅若竹椀、新わかめの吸いもの
桜が満開、もう散りだしたと話題になりますが、日本は南北に長いため、まだこれから梅が咲く地域もあります。今日は、梅唐草の椀には梅の風味を添えたたけのことわかめの若竹煮を、夜桜椀には新わかめの吸いものにうどと生姜の花びらを散らし、両手に花と洒落ましょう。
たけのことわかめは、今の時季の「出会いもの」です。相性がよく、互いの味や香りがより引き立ちます。亡き師・村瀬明道尼(むらせみょうどうに。滋賀県大津月心寺の庵主)が、若竹煮についてかつてこんな話をしてくれました。「たけのこは陸で土の中に育ち、お天道さんを拝もうと顔を出したところを人間に採られる。わかめは海の中で海底に根を張り、海水を通して入ってくるお天道さんの光に向かって上へと育つ。陸と海とで生まれも育ちも違うようだが、実は同じ地球で繋がっている。だから、この2つは出会い、一緒になって互いを引き立て合う」。奥深い話です。
たけのこのあくとえぐみの原因は、主にホモゲンチジン酸とシュウ酸です。米ぬかなどを加えたアルカリ性の水で茹でると、たけのこの細胞壁にあるペクチンが溶け出して細胞壁に穴があき、ホモゲンチジン酸を除くことができます。
シュウ酸はほうれん草にも多く含まれ、カルシウムと結合することでえぐみが感じにくくなることは「
縮みほうれん草と発芽落花生のひたし」でもお話ししました。わかめにはカルシウムが含まれ、たけのこと一緒に若竹煮や若竹汁にすると、シュウ酸が結合するのでえぐみが抑えられ、おいしくなるのです。
化学の理屈は後追いですが、なぜ先人はこの組み合わせに行きついたのでしょう。驚くべきことです。庵主様の話ではありませんが、互いに呼び合うのでしょうか?
昼間のお花見ももちろんよいものですが、幻想的な世界が広がる夜桜もまた美しいものです。「
2月の野菜本膳、粕汁」で闇蒔絵(やみまきえ。別名:黒蒔絵)の椀を使いましたが、今回の夜桜椀も闇蒔絵です。黒地に黒漆で微細な盛り上がりをつけて描かれた桜が浮かび上がり、なんとなく艶っぽい感じがします。椀の蓋を開けると闇夜のようなわかめだけの汁ものに花びらが浮かびます。風情とともに季節の美味をご堪能ください。
夜桜といえば『夜桜お七』(作詞:林あまり 作曲:三木たかし)という歌があります。このお七とは江戸時代に放火事件を起こして火刑に処された八百屋お七のことです。放火した理由は恋人に会いたい一心からでした。「
桜餅2種」の恋した人を焼き殺す道成寺ものといい、情念はまさに燃え盛る炎ですね。今日も野菜料理を楽しみましょう。
ちょっとしたコツ
・「梅若竹椀」は、野菜料理をおいしくする7要素中6要素を取り入れている。
◎旨み ◎塩分 ◎甘み 油分 ◎食感 ◎香り ◎刺激
・梅干しは小粒のものを最後に加える。最初は若竹煮として味わい、途中から梅干しをくずして味に変化をつける。
・「新わかめの吸いもの」は、野菜料理をおいしくする7要素中5要素を取り入れている。
◎旨み ◎塩分 甘味 油分 ◎食感 ◎香り ◎刺激
・新わかめの食感と風味を生かすため、火を通し過ぎない。
・うどと生姜は生のまま最後に加え、香りと食感を残す。
・うどはカーブをつけながら包丁でカットし、立体感を出す。
「梅若竹椀」
【材料(2人分)】・たけのこ(炊いたもの) 50g 「
たけのこの煮もの」参照
・新わかめ(塩蔵新わかめでもよい) 80g
・梅干し(小) 2個
【作り方】1.新わかめは茎の部分を外し、沸いた湯に入れてさっと茹で、色が鮮緑色になったら水に放す。冷めたらざるに上げて水気をきり、食べやすい大きさに切る。塩蔵新わかめを使う場合は水につけて塩抜きをする。
2.炊いて味を含ませたたけのこを、煮汁とともに鍋に入れる。新わかめも加え煮汁が少ないようであれば出汁(材料外)をたして火にかける。新わかめが入った分だけ味が薄くなった煮汁に調味料(塩、薄口醤油、みりん。すべて材料外)を適量たして、元のたけのこの煮汁の味にもどす。沸いたら弱火にして1〜2分炊き、梅干しを入れて火から下ろす。
3.まず新わかめを器に盛り、たけのこを薄めに切ってのせる。梅干しを添え、煮汁を適量注いで供する。
「新わかめの吸いもの」
【材料(2人分)】・新わかめ(塩蔵新わかめでもよい) 60g
・うど(花びらの形にむく) 18枚
・生姜(花びらの形にむく) 8枚
・吸い地
出汁540cc、塩0.9g、薄口醤油9cc、日本酒9cc
【作り方】1.新わかめは「梅若竹椀」の2と同じように下処理して食べやすく切る。
2.3~4cm程度の長さにしたうどの茎部分を、縦に桜の花びら形の抜き型で抜く。包丁でうどの断面にカーブをつけながらカットし、花びらのようにする。「ひと目でわかるプロセス&テクニック」参照。あくがまわらないように水につけておく。生姜はスライサーで繊維にそって薄くスライスして、花びら形の抜き型で抜く。
3.吸い地を作る。鍋に出汁を注ぎ火にかけ、90℃くらいになったら塩を加えて溶かし、沸く直前に火を弱め、薄口醤油と日本酒を加える。
4.吸い地の1/3量を別の鍋に移し、新わかめを入れて火にかける。沸いたらざるにあけて汁気をきり、椀に盛る。残りの吸い地を温めて注ぎ、水気をきったうどと生姜を散らして供する。
私たちプロの料理人の中には、色や見た目を味より重視する者もいます。薄味信仰?なのか、本当は少し濃いめの味にしたほうがおいしいものでも、それは恥と、濃いめの味つけを避けます。また、味を素材にしっかりと含ませることがプロの料理と、無理に味をつけなくてもおいしい素材に味をつけて台無しにしてしまうこともよくあります。何より、皆さまがおいしいと思う味にしてください。人の味の好みは様々です。ご自身・ご家族の好み、体調に合わせた味に調整しましょう。レシピに示す調味料などの分量は一例に過ぎません。注目していただきたいのは素材の組み合わせと料理手順、どんな調味料を使うのかということです。味の加減は是非お好みで。