レジェンド料理人、今を生きる。「コート・ドール」斉須政雄さん 「変わらない」を貫く美学
斉須政雄さん(さいす・まさお)1950年福島県生まれ。フランスでの12年にわたる修業の後帰国。86年「コート・ドール」オープン後、91年にオーナーシェフとなる。早朝の散歩が一日のリフレッシュタイムだとか。誰しも認めるフランス料理界のレジェンド、斉須政雄シェフ――。千葉のレストランを振り出しに半世紀余り、その長きにわたる料理人人生において、決してぶれることなく、常に変わらぬスタンスで料理と向き合い、自らを律し続けてきた孤高の料理人です。
心を込めた料理でゲストに喜んでもらうことだけに心を砕き、真摯に、謙虚に食材と対峙するそのストイックなまでの美学に惹かれ、足繁く通うのは、年季の入ったグルマンはもとより、若手からベテランまでジャンルを超えた料理人の姿も多く、その尊敬の念を集めています。
「京都産サワラの燻製 三野農園紅芯大根」5720円。さわらはほんのり温かい。三田「コート・ドール」。この伝説のフランス料理店が創業したのは、日本がちょうどバブル景気に沸いていた1986年のことです。
折しも、この時期、フランスで長年修業を積んだ実力派の料理人たちが相次いで帰国。“フランス料理の新世紀”と呼ばれるほどフレンチの名店が次々にオープンし、フランス料理全盛の活況を見せていた時代でした。そのただ中にあって、すでに帰国前から耳目を集めていたのが、オープン当時36歳だった斉須シェフでした。
右・「その時その時のベストを出している」とは斉須政雄シェフ。汗をかくことの大切さを知る料理人だ。左・マンションの奥、37年時を経て、セピア色の佇まいを見せるシックなエントランス。無言の風格が漂う。ご本人曰く「スペースシャトルに乗るような思い」で飛行機に乗り、渡仏したのは1973年。22歳のときでした。パリでは、往年の名店「ヴィヴァロワ」や「タイユヴァン」で研鑽を積み、「ランブロワジー」では、友人でもあるオーナーのベルナール・パコーシェフの片腕として店の立ち上げを手伝い、翌年には見事ミシュランの星を獲得するという快挙を果たした斉須シェフ。
彼の名は、現地の事情通のみならず、日本の食通家たちにも広く知られるところとなっていたのです。12年ぶりの凱旋が熱い視線をもって迎え入れられたのも宜なるかなでしょう。オープンして間もなく、あちこちのフランス料理店で「赤ピーマンのムース」を見かけるようになった事実も、その影響力の大きさを物語っています。
それから37年。開店当初から変わることのない珠玉のメニューが、現在もいぶし銀の如き輝きを見せています。
「冷製季節野菜の蒸し煮 コリアンダーと共に」や「国産牛テールの煮込み赤ワインソース」、「エイのクールブイヨン煮蒸しキャベツ添えジェリー酢バター」などの定番に加え、春には親指ほどもある「茹であげホワイトアスパラガス」、夏の「紫蘇と梅干しのスープ」に秋は「セップ茸のフリカッセ」。そして冬ともなれば「黒トリュフのパイ包み焼き」がメニューに華を添え「コート・ドール」の旬を彩ります。
「冷製季節野菜の蒸し煮 コリアンダーと共に」5280円。野菜の内容は季節で少しずつ変わる。「国産牛テールの煮込み赤ワインソース」7700円。グラスワインは「シャンベルタン」2500円。これら四季折々の味を目当てに、毎年足を運ぶ楽しさもまた、同店の魅力にほかなりません。メニューのアイテムは決して多くはないものの、どの料理もまるでわが子のように慈しみ大切に育んできた斉須シェフの宝なのです。
「変わらないのではなくて変われないんです」。そう語る斉須シェフですが、変わらず同じことを繰り返し行う大切さはわかりにくいもの。ともすれば、“作業”となりがちな日常の仕事の中で、日々気持ちをリセットし、昨日と今日のわずかな違いに気づき、一歩一歩深化し続けていく。
それが、不滅のおいしさを生み出すことを、「コート・ドール」のスペシャリテの数々は静かに物語っているようです。
余計なものを一切省き、必要最低限のものだけで構成された一皿一皿は、すべてがギリギリのバランスで成り立っているものばかり。自らの五感をフル回転させて取り組みながらも、見た目にはそんな手間ひまや繊細さを微塵も感じさせないその盛りつけの潔さ、ダイナミックさは、まさに世俗的な見栄や名声を意に介さぬ斉須シェフのシンプルな生き方そのものといっても過言ではないでしょう。
朝は誰よりも早く店に来て、作業テーブルを拭き、厨房での下準備をすます斉須シェフ。それが至福の時であり、その日一日のモチベーションを支える力にもなっているのだと語ります。初心を忘れず一料理人としての本分を貫き通す。“高潔”という言葉が最も似合う料理人。
それが斉須シェフその人なのです。