「本物印」の食材で最高の朝ごはん 第3回(全16回) 食は命をつくるもの。とりわけ一日の活動を始めるエネルギーを補給する朝ごはんには心も体も喜ぶものを食べたいものです。真っ当な食材・食品さえあれば、献立はごくシンプルでよい。理想の朝ごはんにふさわしい「本物印」の食材・食品を日本全国で探しました。
前回の記事はこちら>> 湯宿さか本 (石川県・珠洲市)
膳には、石蔵で低温貯蔵した玄米をあずきと炊いたごはん。自家製味噌の味噌汁はもずくと細切りのなすを入れて。だしに漬けて塩抜きした青梅、昆布、きゃらぶき。野ぶきと焼き豆腐の炊き合わせ。盆には、宿で飼っている鶏の温泉卵、煮干しと炊いたたくあん、赤いかの干物。瀬戸國勝氏による清雅な輪島塗の椀に盛る。自然の恵みをまるごといただく朝ごはん。日本の朝ごはんの原点へ、今こそ
海と山に恵まれた、石川県・能登半島の先端に位置する珠洲。この地の食材を存分にいただけるのが、「湯宿さか本」の朝ごはんです。手間と時間を惜しまずに作られた料理は、日本の朝ごはんの本来の在り方を感じさせます。
隣町で採れる希少なもずくは、鍋に入れるのではなく、ざるにとったもずくに熱い味噌汁をかけて火を通し、お椀によそって上から汁を注ぐ。さりげない一品にも惜しげなく手間ひまかけて
「能登の里山里海」として世界農業遺産にも認定されている風光明媚な石川県・能登。日本海に突出したこの半島は、暖流と寒流が行き交う外浦と、穏やかな内浦の2つの海を持ち、魚種が極めて豊富です。
同時にそのほとんどを山地が占める能登は、米や野菜などの農作物、山菜やきのこなど山の実りの宝庫でもあります。そんな恵みに溢れた能登の最奥部・珠洲にひっそりとたたずむのが「湯宿さか本」です。
うまみが凝縮された丸干しの赤いか。「干物には旬がある」と話す坂本さん。山あいで湿度の高いこの地では、夏の間は外での干物作りを控える。「朝ごはんは、無理なく食べられて、体がいちばん喜ぶものがいい」と話すのは、宿の主人の坂本新一郎さん。
両親が始めた「坂本旅館」を継ぎ、1974年に「湯宿さか本」を開業した坂本新一郎さん。「ここは常連さんの『別宅』なんです」。鶏の声で目覚めたら、朝ごはんをいただきに座敷へ向かいます。まず供されるのは、自家製豆腐で作った滋味深いがんもどき。そこに、能登の海と山の恵みを最大限に味わう一汁三菜の料理が続きます。
朝食のメインディッシュは自家製豆腐で作るがんもどき。黒ごま、にんじん、ごぼう、しいたけ、桜海老などを入れ、太白ごま油できつね色にカリッと揚げる。30年ほど前から変わらない一品で、常連のお客さまからの人気も高い。「魚は皮やあらまで余すことなく使います。新鮮な魚は生臭みがまったくない。当たり前のことだと思っていたけれど、魚の脂はまたたくまにいたむので、海から遠い町ではうまいあらや汁は食べられないとあるとき気づきました。そこで改めて、海の近くで宿ができる幸せを感じたのです」。
庭の畑や地元で採れた野菜、そして山菜も欠かせない食材。「わらびやふきは、地元の婦人会の皆さんに頼んで作ってもらっています。山に入って山菜を採って、皮をむいて、塩やぬかに漬けて……。手がかかる仕事は、だんだんやる人が減ってきているけれど」。
旬のもの、地のものを余さず使い、手間を惜しまず丁寧に作られた料理は、日本の朝ごはんの原点を思わせます。
粗塩とぬかに漬けた野ぶきは、井戸水に一晩さらしてから使う。「かつて月心寺の庵主さんのところに教えを乞いに行った際、たったひと言、『ごはんと味噌汁と漬け物を一生懸命に作れ』といわれました。食卓にさりげなく並ぶものこそ、気を抜かず心を込めて作るべきだと。
味噌汁ひとつとったって、季節ごと、日ごとに、本当に体が求めている味がある。今それが食べたいと思わせるような、気の利いた料理が作れたらいいね」。
長野の有機大豆「こうじいらず」と海洋深層水で作る自家製の豆腐。朝ごはんの理想形とは?という問いに、間髪入れずに「簡潔明瞭」と答えた坂本さん。
「出すものをぐっと厳選して、それでも満たされる料理を作りたい。ここにきて体も胃袋も楽になったなあ、と、しみじみと感じてもらえるような宿でありたいんです」。
Information
湯宿さか本
石川県珠洲市上戸町寺社
- 1室2名利用で1泊2食付き1名1万8000円~ 「いたらない、つくせない宿」ゆえに、客室にテレビ、電話、使い捨て歯ブラシなどのアメニティの用意はなし。トイレと風呂は共同。
撮影/阿部 浩
『家庭画報』2021年9月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。