「本物印」の食材で最高の朝ごはん 第4回(全16回) 食は命をつくるもの。とりわけ一日の活動を始めるエネルギーを補給する朝ごはんには心も体も喜ぶものを食べたいものです。真っ当な食材・食品さえあれば、献立はごくシンプルでよい。理想の朝ごはんにふさわしい「本物印」の食材・食品を日本全国で探しました。
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むかし野菜の邑・佐藤自然農園代表の佐藤茂行さんが始めた日本古来の農業は、子どもたちにしっかり受け継がれている。後列右から、長男の妻寛子さん、佐藤さんと妻の啓子さん、次女の竹内茂登子さんと夫の祐輔さん。前列は竹内家の元気な三姉妹。野菜を育てることは、土を育てること
文・俵 万智(歌人)
野菜の鮮やかな色を際立たせているのは、18年前、最初に草木堆肥を施した畑の土。「粒状でふかふかで、歩くとバウンドするのが、いい土の証。ここで採れる野菜の味は格別ですよ」と佐藤さんは目を細める。「梅しごと」という言葉があるが、月に一度、私には「野菜しごと」の日が訪れる。佐藤自然農園から、新鮮な野菜たちが届く日だ。
カブや大根に付いている青々とした葉は、サッと茹でて刻んでおく。菜飯、ふりかけ、パスタの具材など、使い道はさまざまだ。常備菜にするものや早めに食べたほうがいいものなどを分類しつつ、幸せな野菜生活に、思わず笑みがこぼれてしまう。玉ねぎが入っていれば、茶色い皮の部分はベジブロスに活用しよう。とにかく一ミリも無駄にしたくない。佐藤自然農園の野菜が入っているだけで料理が美味しくなるし、どんな手間暇をかけられてきた野菜であるかを、知っているから。
インタビュアーを務めていた番組で、三日間にわたり佐藤さんの仕事ぶりや農業哲学を取材させていただいたのが出会いだった。畑でつまみ食いしたスナップえんどうやセロリの強烈なうまみは、今も鮮明に覚えている。スナップえんどうは、つゆが滴るほどみずみずしく、セロリは筋がまったく感じられなかった。
「不自然な肥料で育てると、上へ伸びることを急かされて、筋ばってしまうからね。味も薄くなる」という言葉を聞いたとき「子育てと一緒だな」と感じた。野菜を育てることは、土を育てることだと佐藤さんは言う。野菜たちが育つ土壌が豊かであればあるほど、いい野菜が育つ。その豊かさとは、過剰な栄養や不自然な環境ではなく、生き物が生き物として喜ぶ豊かさだ。
「草木(そうもく)堆肥」を作る過程の大変さや、集まってくる虫との格闘を知ると、よくこの値段でこんないいものを……と申し訳ないような気持ちになる。精力的に働く娘さん夫婦に、そのことを言うと「私たちの人件費、父は考えていませんから!」と冗談めかして笑っていたが、あながち冗談とも言いきれない。
時には「虫の食べ残しですか?」というくらいの葉物も届く。手塩にかけた野菜への愛情の証だろう。虫も食わない野菜より、よほど貴重だと思って、ありがたくいただいている。
人間の文明は、自然をねじ伏せる方向で進んできたけれど、もうそろそろ限界がきているのではないだろうか。効率を追い求めるのではなく、自然の恵みをいただくという発想の佐藤さんの農業。今一番新しく、求められているものではないかと感じる。
撮影/阿部 浩 本誌・坂本正行 スタイリング/chizu 取材・文/清水千佳子
『家庭画報』2021年9月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。