鏡リュウジ 心の扉を開く タロットと占星術 第3回(全20回) 占いは未来を当てるだけではありません。自らの心の深層を探る──それも役割の一つ。あなたの心の扉を開くために、古の世界観の旅へと鏡リュウジさんが誘います。
前回の記事はこちら>> コロナ禍で再燃したタロット人気「タロットの美しさに秘められたメッセージ」(後編)
シャッフルしてカードを並べ、絵が暗示することを読み取るタロット占い。この美しいカードたちがなぜ占いの道具に?
前編の記事はこちら>>カードゲームがオカルト化した「タロットカードの歴史」
秘教から創造芸術へ社会や人々を巻き込んで
[15世紀半ば]
ヴィスコンティ・スフォルツァ現存する最古のタロットと目される。貴族によって製作された贅沢な手描きのカード。1781年、パリ。タロットの歴史に大きな地殻変動が起こる。クール・ド・ジェブランとド・メレという学者がタロットは古代エジプトの英知を隠した暗号であるという説を発表したのだ。
これは瞬く間に人々の心をつかみ、これがきっかけとなってタロットは「秘教」化してゆく。
[17世紀から18世紀]
マルセイユ系タロットマルセイユの名称はついているが、実はヨーロッパ中で普及した木版画のカードの総称。[1781年]
タロットエジプト起源説(ここからタロットがオカルト化)クール・ド・ジェブランとド・メレがタロットの起源がエジプトにあると発表。パリのエジプトブームに乗ってタロット=オカルト説が広まる。なぜエジプトだったのか。封建的な旧体制を支えたキリスト教によらない精神的支柱を求めていた革命期の人々の憧憬の的となっていたのが古代エジプトだったのだ。
そしてエジプトという神秘のイメージから派生し、19世紀以降のオカルト主義者たちがタロットにユダヤ神秘主義、占星術、錬金術、魔術といったさまざまな秘教的要素を紐づけてゆく。
[18世紀末]
エテイヤ版タロットタロットエジプト起源説の影響の下、占い師エテイヤが製作した初の占い専用タロット。写真のカードは19世紀のもの。[19世紀]
エリファス・レヴィ──タロットとカバラオカルト主義者、エリファス・レヴィがタロットとユダヤの秘教カバラを結びつけた。[19世紀末]
「黄金の夜明け団」(ゴールデン・ドーン)タロットゴールデン・ドーンタロットは魔術結社「黄金の夜明け団」の秘密指令書によって描かれた。ヴィルト版フランスでもオカルト主義者オズヴァルト・ヴィルトによって独自のタロットが制作された。現在最もポピュラーな「ウエイト=スミス版」も、20世紀初頭に魔術結社の団員によって製作されたものだった。
[1909年]
ウエイト=スミス版タロット魔術結社「黄金の夜明け団」のウエイトがパメラ・スミスに描かせたカード。1960年代後半に入るとオカルト化したタロットはよりポピュラーなものとなる。大人たちの主流文化に対抗する「若者たち」の自由なアイコンとしてロックミュージックなどとともにオカルト的な思想がもてはやされた。タロットのわかりやすい入門書が普及するのもこの時代である。
80年代以降、タロットはさらに自由度を増してゆく。通俗的な運勢占いではなく、ユングの深層心理学と結びつくかたちで内面世界を探求するツールとしてのタロットが登場。
かと思えば個人の内的世界だけではなく、社会的問題へ一石を投じるメッセージ性をはらんだ作品も現れる。登場人物をほぼすべて女性に置き換えたフェミニズム色の強いデッキ(1セットのカード)やLGBTの世界を描くもの、あるいはハイチの人々をモデルに写真構成したポストコロニアル的なタロットもある。
一方ではダリのタロットのように芸術性の高いもの、ハローキティのタロットなど実にさまざまな作品が生まれ続けている。
今やタロットは一つのアートジャンルである。タロットという「柔軟な型」は人々の心を受け止め、そこに表現の発露を与え続けているのである。
一つの型を持ちつつ多様性に開かれるタロット。つながりと自由を多言するタロットは21世紀の文化そのものの縮図ではあるまいか。
[20世紀半ば]
クロウリーのトートタロット著名な魔術師、オカルト主義者クロウリーが、フリーダ・ハリスに描かせたタロット。[1970年代半ば]
ダリのタロットかのサルバドール・ダリのタロット。「奇術師」に自画像を見ることができる。[1980年代]
神託のタロット(上)マザー・ピース(下)神託のタロットはギリシャ神話とユング心理学の融合。マザー・ピースは古代の母権的、女神の世界をイメージしフェミニズム色が強い。[21世紀]
ゲットータロット、ハイブランドのファッションなど多様な展開ポストコロニアリズムの影響を受けたタロットからハイファッションの世界までタロットが現れる。※ここに並んだカードはエテイヤ版を除き、いずれも大アルカナの1枚目「0:愚者」のカード。同じ寓意の表現の違いが面白い。撮影協力/原書房(神託のタロット)、鏡リュウジ(エテイヤ版)、その他のカードはすべてニチユー、東京タロット美術館個性を競うタロットカード
何千種類もあるというタロットカードはそれぞれが小さな美術館だ。アーティストや製作者の世界観が一組のカードの中に投影されている。
下のフォトギャラリーで詳しくご紹介します。 文/鏡リュウジ 浅島尚美〈説話社〉 撮影/本誌・西山 航、大見謝星斗 構成/三宅 暁〈編輯舎〉
『家庭画報』2022年7月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。