人気の器作家の工房を訪ねて 最終回(全6回) 今人気を集めるのは、作り手の感性が発揮された個性的な器です。今回の器セレクトの基準は“愛らしさ”。陶磁、ガラス、竹。異なる素材に向き合う4人の作家の工房を訪ねて、創作にかける想いを伺いました。
前回の記事はこちら>> 【磁】
前田麻美さん
右手前の2点は「灰青釉花七宝杯」各3000円と、杯を置いた「青白磁花唐草稜花豆皿」各2400円。「灰青釉花七宝コンポート」と「灰青釉花七宝ピッチャー」は、イッチンの手法で。左は「灰琥珀菊4寸鉢」。イッチン、型もの、染付――
多彩で優美な器たち
ほんのりと青みを帯びた、あるいは真珠のつやを思わせるような深みのある肌。決して冷たく硬い均一な白ではなく、重なった白の中にふくよかな趣をはらんだ白磁です。そこに施されるのは、イッチンや打ち込みの手法によるレース編みのように繊細な装飾。細やかな表現から、えもいわれぬ潤いと麗しさが醸し出されます。
前田麻美さんは、東京生まれですが現在は京都で制作。2017年に独立しました。
前田麻美さん(まえだ・あさみ) 東京都生まれ。2006年、高校を中退後、武蔵野美術学園造形芸術科基礎課程修了。大学入学資格検定に合格した後、進学した國學院大學文学部哲学科を11年に卒業。京都大学大学院文学研究科修士課程で古代哲学を学ぶ。13年、京都大学大学院修士課程修了。京都の作陶家や工房で陶芸を学ぶ。17年、京都にて独立。最新情報はホームページwww.asamimaeda.comにて。「教えてもらうきっかけがあってイッチンで作り始めたら好評で、私の代名詞のようになりました」
手でものを作る過程が大好き。とりわけ細かい作業も苦にならないという前田さん。打ち込みの型を彫るのも得意な作業で、イッチンの場合は、泥漿(でいしょう)を入れた筒を手早く絞り出しながらスピーディに模様を描いていきます。白磁といえば、白一色の無地がもてはやされてきましたが、立体感ある模様が上品な陰影を見せて、新たな白磁の表情を浮き彫りにします。
微妙な色の調べが優美な打ち込み皿。見込みがうるさくならないよう、皿は打ち込みで制作。手前は「灰青釉ダリア5寸皿」3200円、奥は「青白磁花唐草稜花5寸皿」3600円。縁の表情にもひと手間かけて優雅に。「釉薬にもこだわります。同一の物を使うほうが楽ですが、それぞれのディテールを出したくて」
溜まりを出したいとき、模様をくっきりさせたいときなど、目的に応じて天然木灰を使い分けて加えます。微妙な色調と風情は、前田さんの一途さの賜なのです。
左・「染付花唐草文角猪口」と「染付小花文角猪口」は、鋳込みで制作。中・ 食事の場が何より大切という前田さんの、食べることを愛する姿勢が滲み出る器たち。「染付花唐草文蓮華」、「染付小花文蓮華」と「豆皿」や「輪花小皿」を組み合わせて。「染付小花文お碗」と「同蕎麦猪口」は鎬入り。右・最近取り組んでいる、釉調が美しい“キャンバスになる皿”。奥からブロンズ釉や青陽花釉、紫が珍しい「紫陽花釉4寸鉢」など。2400円~。器の縁模様にも、釉薬にも心を砕く麗しい磁器
前田さんが京都へ来たきっかけは、なんと大学院で古代哲学を学ぶためでした。卒業後、研究者になる道を考えた時期もありましたが、修士2回生のときに、陶芸教室で初めて轆轤を回す機会と巡り合います。手で何か生み出したいという宿望を抱いていた前田さんにとっては、願ったり叶ったり。修士課程修了と相前後して、陶芸の修業に入りました。
自宅の本棚には、今も『プラトン全集』や哲学の本が並んでいます。「私、プラトンが大好きなんです。両方に関心があるのが自分。矛盾せず両立できる、と気づいたんです」 イッチンを描きながら模様が浮かび、器のアイディアも次々生まれてくるという前田さん。「頭は常に更新中。絶えず変化していきます」。
現在、関心を持っているのはキャンバスになるような無地の皿。「きれいな色が好きなので、いろんな色の釉薬を実験中です。単色を重ねて二重がけにして、淡くぼかされた表情とかが出ると嬉しくて!」と。
青薔薇の花言葉に惹かれ、磁器で小さな花びらを一枚一枚重ねて制作した額があります。花言葉は、「不可能が可能になる」。好きな言葉から、制作の姿勢が伝わってきます。
釉の粒が立体的な模様を描いて陰影を醸し出す「灰青釉いっちん大皿」1万4000円。直径が26.5センチある大皿で、カットした口縁にも極めて細いイッチンの線模様を施し鉄釉で口紅をさす。単体で美しく、飾っても使ってもいいように作っている、と話す前田さん。下のフォトギャラリーで詳しくご紹介します。 撮影/本誌・西山 航 取材・文/片柳草生
『家庭画報』2022年11月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。