潤う成熟世代 快楽(けらく)─最終章─ 作家・工藤美代子さんの人気シリーズ「快楽」の最終章。年齢を理由に恋愛を諦める時代は終わりつつある今、自由を求めて歩み始めた女性たちを独自の視点を通して取材。その新たな生き方を連載を通じて探ります。
前回の記事はこちら>> 第3回 離婚後の彼女の人生(後編)
文/工藤美代子
新しい家で内藤さんは毎晩のようにパーティーを開いた。自分は世界的な美術商だと名乗って、たくさんの巨匠の画家と交流があるのだと自慢した。そしてプライベート・セクレタリーという名称の若い美青年を同席させ、用事があったらその青年に連絡してくれと言った。彼女が66歳くらいになった頃だ。
サヤカさんたちとの集まりにも秘書君を連れて来た。友人たちは、ただの気楽な世間話も出来ないで、「なんとも気ぶっせいな感じ」だったらしい。
3、4年ほどした頃に、イケメンの秘書君は消えた。その後にくっついたのは、漫画の「天才バカボン」に出てくるバカボンのお父さんに瓜二つの顔をした中年男性だった。どうもバカボン・パパは、内藤さんと同棲しているらしいと風の便りに聞いたサヤカさんは仰天した。
もう内藤さんも70歳近いはずだ。それでも、内藤さんとバカボン・パパの目撃情報は次々聞こえて来た。パーティーや展覧会に二人で現れるらしい。
「バカボン・パパって何歳くらいなの?」と私がサヤカさんに尋ねたら、「えーとね、秘書君よりはずいぶん年上だっていう話だけど、50歳にはなっていないんじゃない。私の友達が、内藤さんの家に行った時に、バカボン・パパと鉢合わせしたんですって。なんか住み着いているような感じだったそうよ。それで、友人が『カレシなの?』ってそっと内藤さんに聞いたら、『あら、いやだ。仕事手伝ってもらっているだけよ』ってとぼけたそう。実は彼は所帯持ちで奥さんも子供もいるらしい。不動産の会社に勤めているんだって聞いたわ」とサヤカさんは声をひそめた。
恋愛するのはかまわないけど、どうにも気に入らない様子だった。バカボン・パパを見た人は必ず「忘れられない変な人相」とか「バカボンのパパの方が性格は良さそう」といった感想をもらす。人を見掛けで決めてはいけないけれど、好感を抱く人はまずいないのだ。
そこに、あの事件が起きたのである。突然、内藤さんのかつての秘書君が、サヤカさんの携帯に電話をして来た。彼が秘書の仕事を辞めて、もう2年以上はたっているだろう。とにかく、お会いしてご相談したいことがあるの一点張りなので、表参道の喫茶店に出向いた。なんとなく断れない雰囲気を彼の語気から感じたそうだ。