潤う成熟世代 快楽(けらく)─最終章─ 作家・工藤美代子さんの人気シリーズ「快楽」の最終章。年齢を理由に恋愛を諦める時代は終わりつつある今、自由を求めて歩み始めた女性たちを独自の視点を通して取材。その新たな生き方を連載を通じて探ります。
前回の記事はこちら>> 第4回 ホテルのルームキー(前編)
文/工藤美代子
私はどうも他人の気持ちを理解する能力が、普通の人より劣っているみたいだ。
かつて作家の森 瑤子さんと、彼女が亡くなる4、5年前からお付き合いがあったことは前に書いた。今にして思うと、鈍感であるが故に森さんの真意をうまく汲み取れない場面が多かった気がする。
森さんは作家として、まさに絶頂期にあった1987年に、カナダの西海岸にある島を買った。私が当時住んでいたバンクーバーから、小型飛行機をチャーターしなければ行けない孤島だった。そこには専用の別荘とプールとテニスコートがあり、住み込みのお手伝いさん夫婦もいた。アメリカ人かカナダ人か知らないが、その夫婦に払う給料だけでも月に55万円ほどかかると聞いた。それ以外にも莫大な維持費が必要だったろう。
その島は森さんがハリウッドスターのジーン・ハックマンと張り合って競り落とした。日本にも、こんな豪勢な女性がいるのかと私は感心した。
52歳で亡くなった森さんが、もしも元気だったら、今年で82 歳である。きっとしっかりエゴが確立した高齢女性として暮らしているだろう。ただし、今の時代に彼女の作品が熱烈な支持を得るかどうかは微妙だ。なにしろバブル経済の申し子のような作家だったから、作風も華やかで洒落ていた。閉塞感に包まれた令和の日本では、まったく違った趣の小説を書いたかもしれないとよく思う。
私は、1990年前後に、森さんから奇妙な役目を仰せつかった思い出がある。周知のように森さんの配偶者はイギリス人の男性だ。イケメンだった。なぜ彼が日本に住んでいるのかと森さんに尋ねたら、面白い答えが戻って来た。
「それはね、私にひっかかって、ずっと日本にいることになったからなのよ。彼は世界中を旅していて、日本で私と会っちゃったから、住み着くことになってしまったの。これは一緒にいなければと思ったらしい」
そう語る森さんはちょっと嬉しそうな顔をしていた。3人の娘さんに恵まれて、作家としても大成功した妻と巡り会えたのだから、イギリス人の旦那さんも幸運だったろう。
とはいえ夫婦の間には諍いが絶えないと彼女はよくこぼしていた。もう離婚しようと決心するのが、毎年8月か9月頃なのだ。それから財産の根分けをどうするか、3人の娘はどちらと暮らすかなど、あれこれ話し合っているうちにクリスマスが近づく。
家族や友人と過ごす楽しいクリスマスが終わり、お正月を迎えると、まあ仕方がない、離婚はせずに今年一年は一緒にいるかという雰囲気になる。「夫婦なんて、その繰り返しよ」と言った彼女の声は、まだ私の耳底にしっかりと残っている。