潤う成熟世代 快楽(けらく)─最終章─ 作家・工藤美代子さんの人気シリーズ「快楽」の最終章。年齢を理由に恋愛を諦める時代は終わりつつある今、自由を求めて歩み始めた女性たちを独自の視点を通して取材。その新たな生き方を連載を通じて探ります。
前回の記事はこちら>> 第5回 グリーンの瞳のラルフ君(前編)
文/工藤美代子
ラルフ君と10年ぶりに青山通りでお茶をした。現在42歳のラルフ君は、私の友人である三奈江さんの息子だ。お父さんのジョージはカナダ人だからハーフである。父親の仕事の関係でラルフ君は幼い頃からカナダと日本を行ったり来たりしていた。だから英語も日本語も流暢だ。顔立ちは母親に似たのか、細面の和風。ただ眼だけは深いグリーンがかっていて、睫毛が長い。彼はこの4月からカナダの製薬会社に転職したので、本来なら太平洋を忙しく往復しているはずだったが、コロナ禍のため東京在住である。
「ママはお元気?」
「お陰様で、元気ですよ。今はパパと河口湖の別荘に行っているけど」
「そっか。おばあちゃまもお元気?」
「え? 知らなかったの。祖母は3年前に亡くなりましたよ」
「あのおばあちゃまが亡くなったの?」
意外に感じたのは、どう考えても亡くなるようには見えないおばあちゃまだったからだ。
彼女の名前を仮にマサ子さんとしよう。京都の出身で、ある分野のデザイナーとして名を成した女性である。
気が強い人で、娘の三奈江さんとは対極のタイプだった。三奈江さんは穏やかで、怒った顔を見せたことがない。一人息子のラルフ君も三奈江さんに似たのだろう。子供の頃から優しくて愛嬌があるので、母親の友人たちの間で絶大な人気があった。まあ理想の息子といったところか。そのラルフ君も今や2児の父親なのだから、マサ子さんが亡くなるのも当然かもしれない。
「おばあちゃま、おいくつで亡くなったの?」と尋ねたら99歳だったという。最後の6年間は老人ホームに入居していた。そこは京都でも有数の豪華な施設だったそうだ。
もう10年くらい前に、私は三奈江さんから聞いたことがある。マサ子さんには恋人がいると。まさかと思った。その時はすでにマサ子さんは90歳を過ぎていた。新しい恋をするとは考えられなかった。たしか若い頃に1回結婚をして、娘の三奈江さんが生まれた後すぐに離婚した。それからは、ずっと独身を貫いて仕事一筋だったと本人は言っていた。もっとも私がマサ子さんに会ったのはたった1回だけで、それはラルフ君の結婚披露宴の席だった。