潤う成熟世代 快楽(けらく)─最終章─ 作家・工藤美代子さんの人気シリーズ「快楽」の最終章。年齢を理由に恋愛を諦める時代は終わりつつある今、自由を求めて歩み始めた女性たちを独自の視点を通して取材。その新たな生き方を連載を通じて探ります。
前回の記事はこちら>> 第5回 グリーンの瞳のラルフ君(後編)
文/工藤美代子
余談だが、私は自分に特に霊感があるとは思えないのだが、出逢った人の顔を見ると、だいたいの病気とか死期とか恋人がいるかどうかといったことが、わかるようなのだ。いや、単に自分がそう思っているだけかもしれないが、感じたことがかなりの確度で的中する。それを「気を読む」と自分で勝手に言っている。ただ心の中で思うだけで、もちろん口にはしない。
「でもね、ラルフ君、普通の常識だと女性は閉経したらだんだん恋愛感情が薄れていくのよ。そして性交も物理的に無理だと思う。女性が女性として機能しなくなるから」
いくらなんでも、子供の頃から知っているラルフ君とはいえ、あんまり露骨に女性の身体のパーツについての説明は控えたかった。逆に私が変なおばさんと思われるのも困る。でも、どれほどマサ子さんが魅力的であったとしても、実際に男性と肉体的に結ばれるのは無理でしょうと私は言いたかったのだ。
すると、ラルフ君の瞳が少しだけ細くなった。これは微妙な光量である。
「工藤さん、祖母は92歳まで生理があったんですよ」
「まさか、そんな。じゃあおばあちゃまはホルモン補充療法をやってらしたのかしら?」
閉経後の女性が以前と変わらずにラヴライフを楽しみたかったら、ホルモン補充療法が有効だと聞いたことがある。そのために80歳でも生理があると語っていた老婦人を知っていた。だが、ラルフ君は穏やかに首を横に振った。
「祖母は何もしてなかったんです。自然のままでした。髪も染めないけど黒かったし、化粧もしていなかった。でも、男同士が自分を取り合って争っているのを見ると、どんどんきれいになるんですよ。フェロモンが出るみたいなんです。本当に」
そう言われても私は不思議で仕方がなかった。何もしないで、自然に92歳まで生理がある女性なんているのだろうか。女性は50歳を中心にして前後5年くらいで閉経すると言われている。60歳まで生理があった人の話も知っているが、92歳というのはいささか現実離れしている。
「祖母はホルモン注射とかはしてなかったけど、身体のどこかに針が入っていたんです。どこかは言えないけど赤い針が入っていたそうです。それが理由の一つでしょう」
あんまり私が怪訝な顔をしたので、ラルフ君が、マサ子さんの秘密を教えてくれた。その針が何かは気になるけど、ラルフ君もそれ以上詳しいことは知らないと答えた。