潤う成熟世代 快楽(けらく)─最終章─ 作家・工藤美代子さんの人気シリーズ「快楽」の最終章。年齢を理由に恋愛を諦める時代は終わりつつある今、自由を求めて歩み始めた女性たちを独自の視点を通して取材。その新たな生き方を連載を通じて探ります。
前回の記事はこちら>> 第7回 二人の愛は新しい段階に(後編)
文/工藤美代子
さて、ミエさんのリアクションは初めに想像していたものとは、やや違った。
彼女は律儀にきちんと毎日お風呂に入って、リキッドソープで洗った。今までそんなことはしなかったけれど、特別に難しくはなかったそうだ。説明書にある通りに、洗った後はローションを清潔な手で百円玉くらいの大きさにとって、丁寧に塗った。特に痛みもなかったという。むしろ、なぜ、もっと早く手入れをしなかったのだろうと後悔した。しかし、それは恋人が出来るなんて予想もしていなかったのだから仕方がない。
そして、ミエさんが何より気に入ったのはローズの香りのするローションだった。仄(ほの)かな匂いしかしないが、「あれをね、そっと伸ばすとつるつるするわけ。わかる? 滑りが良くて痛くないのよね」とのこと。
「え? え? それは自分で塗った時? それともカレシが触った時なの?」
「ふふふ、両方に決まっているじゃない」
ミエさんは上機嫌な声で答える。ということは、ミエさんと木村氏の関係は新しい段階に入ったということだ。
「じゃあ、皮膚がザラザラしているのも治ったわけ? すごいわね!」
私が感嘆すると、彼女が慌てて打ち消した。
「それはまだなの。サメ肌は簡単には元通りにならないのよ。多分もうしばらくかかるでしょうけど、私たちが愛し合う時間が終わったらね、ちゃんとまた洗って、それからホワイトクリームも念入りに塗り込むの。べたつきもないし、肌にも優しい感じなので、少しずつ大事に使って、これからも続けたいわよ。だってね、説明書にはバストとか脇の下に塗ったら乾燥によるくすみケアもできるってあったし」
いたって幸せそうなミエさんの声を聞いていると、やっぱり自分は狭量な人間だったとあらためて反省した。こんなに艶めいた声で話しているのだから、彼女は幸せの絶頂にいるに違いない。ケチだろうが、手抜き男だろうが、所帯持ちだろうが、幸せな時間を運んでくれる男性なら、それをもって尊しとすれば良いのだ。