潤う成熟世代 快楽(けらく)─最終章─ 作家・工藤美代子さんの人気シリーズ「快楽」の最終章。年齢を理由に恋愛を諦める時代は終わりつつある今、自由を求めて歩み始めた女性たちを独自の視点を通して取材。その新たな生き方を連載を通じて探ります。
前回の記事はこちら>> 第8回 私はゴースト。もう会えない(後編)
文/工藤美代子
マージョリーの夫が亡くなったのは昭和48年頃だった。そして西脇も昭和50年に、二度目の妻だった冴子と死別した。
この昭和50年に起きたあるドラマをドクター・ウイリアムスは、昨日のことのように鮮明に記憶していた。
「クリスマスが近い日だった。吹雪の日だったけど、私は用事があって外出したの。そうしたら、マージョリーが道の向こうから歩いて来るのが見えたのよ。彼女の顔はピンク色に輝いていてね、私は道路のこちら側から、大きな声で話しかけた。『マージョリー、どうしたの?そんな嬉しそうな顔をして』って」
ものすごい吹雪で遠くはよく見えなかった。それでも舞い乱れる雪の間から、マージョリーの表情が窺えたそうだ。
「彼女が答えたのよ。『ジュンザブローから昨日、手紙が来たの。彼の妻が亡くなったんですって。それで私に日本に会いに来てくれって言うのよ』って。そりゃあ嬉しそうだったわ。とっても嬉しそうだった」
この時マージョリーは75歳、ドクター・ウイリアムスは63歳だった。まるで十代の少女のように、二人は道端に立ったまま、吹き荒(すさ)ぶ雪の中でジュンザブローの話をした。
国際電話はとても高価で、まだメールもなかった時代だ。会いたかったら、どちらかが出掛けるしかない。81歳の西脇には、イギリスまで彼女に会いに行く体力はなかった。
「私たちね、一緒に日本へ行くことにしたのよ。私は1969年(昭和44年)に一度行ったことがあるの。それで、マージョリーが私に一緒に行って欲しいと言ったのよ。その気持ち、あなたもわかるでしょ?」