• TOP
  • カルチャー&ホビー
  • 工藤美代子さん綴る【快楽(けらく)】第9回「“老け顔”という煩悩にはまって(前編)」

カルチャー&ホビー

工藤美代子さん綴る【快楽(けらく)】第9回「“老け顔”という煩悩にはまって(前編)」

2022.12.13

  • facebook
  • line
  • twitter

潤う成熟世代 快楽(けらく)─最終章─ 作家・工藤美代子さんの人気シリーズ「快楽」の最終章。年齢を理由に恋愛を諦める時代は終わりつつある今、自由を求めて歩み始めた女性たちを独自の視点を通して取材。その新たな生き方を連載を通じて探ります。前回の記事はこちら>>

第9回 “老け顔”という煩悩にはまって(前編)


イラスト/大嶋さち子

文/工藤美代子

これは多分、普通の人には起きないことだろう。それがわが身に起きた。しかも3回連続して。


といっても、けっして大きな致命的な問題ではない。もはや人生が終わったと嘆くほどの悲劇ではない。いわば、きわめてちっぽけで笑っちゃうような不幸である。それでも、今回はけっこうなインパクトがあった。

まずは3月のこと。久しぶりに両国にある母の実家を訪ねた。祖父が国技館の横に工藤写真館を開業したのは昭和4年だった。この年に生まれた明叔父さんが、後に写真館を継いだ。その叔父さんも6年前に亡くなって、今は従弟夫婦の代になっている。

明叔父さんの奥さんは87歳だがいたって元気。私が玄関を入ると、すでに神田川の鰻重を出前で取って、待っていてくれた。すっかり嬉しくなった私は、毎年夏になると親戚の子供たちと一緒に、写真館の屋根の上から花火見物をしたのを思い出し、古き良き昭和モードの思い出話で盛り上がった。

帰りは京葉道路に出てタクシーを拾って帰ると言ったら、叔母さんが「それじゃあ、美代子ちゃん、そこまで送って行くわ」と気軽に立ち上がって一緒に来てくれた。72歳の私を「美代子ちゃん」なんて呼んでくれるのは、もう叔母さんくらいのものだ。

「あなた、加藤さんを大事にしなきゃだめよ。大事にしてあげてね」とタクシーに乗り込もうとする私の手を握って、叔母さんが何度も繰り返した。加藤さんとは、私の夫の名前だ。

「大丈夫よ。ちゃんとまだ生きているから」と笑いながら答えて、私はタクシーに乗り込んだ。動き始めてから振り返ると、叔母さんがずっと心配そうにこちらに向かって手を振っている。その姿がだんだん小さくなってゆく。

「お客さん、あの人お名残惜しそうになさっていましたね」

中年の男の運転手さんが話し掛けてきた。

「ええ、ずっと会っていなかったから」

私はちょっとしみじみと答える。

「ああ、やっぱりねえ。お客さん、あの方は同級生なんですか? 昔の仲良しのお友達ですか?」

え、え、と私は思わず耳を疑った。同級生ってどう意味か? お料理学校とか着付け教室の同級生? まさかねえと考え込んでいたら次の矢が飛んできた。

「高校時代の同級生とかですかね」

ここでなんと答えたらいいのだろう。わからなくて曖昧にただ笑ってみせた。
  • facebook
  • line
  • twitter

12星座占い今日のわたし

全体ランキング&仕事、お金、愛情…
今日のあなたの運勢は?

2024 / 11 / 22

他の星座を見る

Keyword

注目キーワード

Pick up

注目記事
12星座占い今日のわたし

全体ランキング&仕事、お金、愛情…
今日のあなたの運勢は?

2024 / 11 / 22

他の星座を見る