潤う成熟世代 快楽(けらく)─最終章─ 作家・工藤美代子さんの人気シリーズ「快楽」の最終章。年齢を理由に恋愛を諦める時代は終わりつつある今、自由を求めて歩み始めた女性たちを独自の視点を通して取材。その新たな生き方を連載を通じて探ります。
前回の記事はこちら>> 第9回 “老け顔”という煩悩にはまって(後編)
文/工藤美代子
後楽園飯店の名物であるフカヒレ麺は、本当に美味しかった。野球選手は、試合前に5、6杯は普通に平らげてしまうという名物料理。でも、私の頭の中は「老け顔」でいっぱいだった。
思えば、ミエさんとの約束も忙しさに紛れて忘れていた。彼女は恋人の木村氏に、顔のシワが増えたことを指摘されて、えらく傷ついた。これを伸ばす方法をノンちゃんに聞いてみてと頼まれていた。でもミエさんは83歳じゃないか。もう今さらどうでもいいだろうと私は内心では思っていた。
しかしである。もし今の私の顔にミエさんと同じくらいシワがあるとしたら、とても看過できない事態だ。自分では認識していなかったけれど、脳内イメージにある私の顔と他人様の目に映る実際の顔との間には、10年以上の落差がある。
翌日、私は物知りのノンちゃんに電話をした。緊急にシワを伸ばしたいのだがと相談したら、すぐに「無理、無理」と返された。
どんな施術をするにせよ、あなたくらい深いシワだと即効の治療法などないのよ、とのこと。しかし、6カ月間待つつもりならば、効果が期待できる施術があるという。もうこうなったら藁(わら)にもすがる思いで「待つ、待つ。半年くらいかまわない」と電話口で叫んでいた。
本来なら、この情報をミエさんに教えてあげるのが筋なのだが、今回ばかりは自分が先に試してみようと思ってしまった。
別にミエさんに対抗心を燃やしているわけではない。しかし、市販のローションやクリームなどと違って、これは他人へ紹介するのには注意が必要だ。外科的な手術ではないから危険はない。ただ、値段がけっこう高い。それで効果がなかったら、私は責任が取れないだろう。自分の顔なら、やっぱり老け顔だったとあきらめがつく。煩悩は消え去るはずだ。