潤う成熟世代 快楽(けらく)─最終章─ 作家・工藤美代子さんの人気シリーズ「快楽」の最終章。年齢を理由に恋愛を諦める時代は終わりつつある今、自由を求めて歩み始めた女性たちを独自の視点を通して取材。その新たな生き方を連載を通じて探ります。
前回の記事はこちら>> 第14回 強引に迫るのはルール違反(後編)
文/工藤美代子
正確な言葉はわからないのだが、何が起きたかを要約すると次のようになる。もちろん、浩司さんの言葉をすべて信じるとしての話だが、家政婦さんよりは浩司さんの言い分の方が正しいと私には感じられた。
珍しく娘を責めるように、「お前はあの女がどんな経歴の女か調べて家に入れたのか?」と聞かれて「そこまではしませんでした」と照葉さんは正直に答えた。まさか身元調査まではしない。コズエさんには盗癖でもあったのかと考えていたら、浩司さんが本当に困惑した顔で話し出した。
通い始めて8日目の夕方、コズエさんが浩司さんのベッドの脇に来て髪の毛を撫で始めた。別に痒いところがあるわけではないし、余計なことをする女だと思ったそうだ。
そうしたら翌日は手を握って、腕をさするのである。そんなボディータッチを彼は求めていないので黙って手を振りほどいた。それでもコズエさんは満面の笑みだった。
そして12日目のこと、彼女は浩司さんの掛布団をやおらまくって、自分も一緒に中へ入ろうとした。これにはさすがに浩司さんも意味がわからず、「何をやっているんだ。用事はない」と叫んだ。多分すごい勢いで怒ったのだろう。彼女はあきらめて布団を出た。
しかし、彼の頭の中では疑問が怒濤のように渦巻いていた。いくらなんでも、相手は60歳である。男としての自分に下心があったとしても、いきなり布団に入り込んで来るだろうか。何なのだろう。何が目的か見当もつかなかった。
翌日はコズエさんも大人しくしていたが、ついに14日目にネグリジェを着て布団にもぐり込み、浩司さんに抱き着いた。あまりの早業に避ける暇もなかったらしい。なにしろ広い屋敷にいるのは、2人きりである。「助けてくれ」と大声を出しても、誰も駆け付けてくれないだろう。浩司さんは一計を案じた。