ひと組の茶箱とともに、京都の好きな場所をご紹介する本連載。今月は宇治の朝日焼の窯元を訪ねました。
ちょうど桜が満開の頃、京阪電鉄宇治駅から徒歩で10分足らずの、宇治川沿いにある「朝日焼 shop & gallery」へ向かいます。穏やかな春の日、建物のブルーグレーの壁と、桜のピンクが光の中で明るい風情を醸し出していました。
グレーの壁がモダンな朝日焼Shop & galleryの建物。朝日焼は遠州七窯のひとつにも数えられる由緒ある窯元で、ショップからもう少し川沿いを進むと宇治上神社のお膝元に代々続く窯場があります。
16代目のオリジナル「月白釉」
朝日焼の当主・松林豊斎(まつばやし・ほうさい)さんには、以前ある雑誌の取材でお世話になったことがありました。
朝日焼の歴史と16世を継がれた当代のインタビューを数ページにわたって紹介をする仕事でしたが、そのときに「月白釉(げっぱくゆう)」というやきものを初めて実際に拝見し、強く心惹かれたのです。
朝日焼は、茶陶を中心としながら各時代のニーズに応えて、昔からさまざまなやきものを焼いてきたことも特徴のひとつですが、月白釉は当代のオリジナル。取材で窯場を拝見したときに、棚板に幾つも並ぶ月白釉の茶碗を垣間見て、そこに小ぶりの茶碗があることも目ざとく見つけていました……。
それからずっと「あの冴え冴えとした月白釉、素敵だなあ」と思い続けていたのです。「茶箱に組んだら楽しいだろうなあ」と。
以心伝心! 思いがけず嬉しい展開に
わたしの茶箱に合わせて焼いてくださった月白釉の茶碗。というわけで、久しぶりに朝日焼のショップ店主で、広報も担当する弟の松林俊幸さんにメッセージを送ると、「え!私もふくいさんに茶箱のご相談がしたくて、どうやって連絡を取ろうかと、今まさに思っていたのです」と返事がきました。
こういう偶然は時々起こります。しかし、しょっちゅうというわけでもない、つまり縁があるとのだと解釈して、数日後に打ち合わせに伺うことになりました。
ちょうど年に数回ある窯焚きの前ということで、水円舎形の茶箱のサイズに合わせて新たに茶碗を焼きましょうと松林さん。思いがけぬことになり嬉しい! 今ある朝日焼の窯は、先先代が築かれたもので穴窯と登り窯が連結された大規模なものですが、詰める量も半端なくて、作品を作りためては薪で一気に焼くそうです。
今回はちょうどタイミングも良くて、わたしの頭の中では早速でき上がる茶碗にどんな道具を合わせるか、想像がどんどんと膨らみ始めました。
京都の男たちがタッグを組んだ「男組」
茶箱を組むときは、何をポイントにするかで組み方が変わってきます。今回は「ひとつの道具を生かすために、どのように他の道具を合わせるか」が要点です。
月白釉の、涼やかな色味を有しつつもやきもの全体としてはどこかあたたかみがある、という独特の風合いを生かすために、わたしが最初に考えたことは2つ。
まず、他の道具はやきもの以外の素材にする。もうひとつは、釉薬の色味を生かすためにモノトーンと無垢の木の色だけにする、ということです。
その上で考えたことは、他の道具も現代の作り手の作品にすること。
茶箱を組むときに昔から言われているセオリーのひとつとして「同時代のもので合わせる」という考えがあるのですが、わたしはセオリーはそれとして、ふだんは古いものと新しいものを交ぜたり、あるいは新しいものの中に古いものをひとつ加えたりしています。
しかし、今回は「同時代の作り手」で朝日焼の松林さんの茶碗を囲む組み方にしようと考えました。
さらに想像は膨らみ、「男組にしよう!」。つまり作り手をすべて男性でまとめることにしました。というわけで、黒のトリミングがある桐の木地茶箱(京指物)に、黒棗(京漆)と黒い茶巾筒(京象嵌)、茶筅筒も木地(京桶)、菓子器は銀色の漆器でこれも京都の作家さんの作品。京都の男たちがタッグを組んでひとつになるイメージ。
そうこうするうちに実際に焼いてくださった茶碗が届き、取り合わせた道具をきちんとひと箱に収めてみて、使い勝手に問題がないかチェックです。
京都の男性作家が揃い踏みした茶箱ひと組。わたしは以前にも、ある作家の黒みの強い焼締め茶碗に対して、黒色だけでまとめた男組をしたことがあります。
それはフランス人の数寄者男性の手元に渡ることとなり、日本文化に造詣の深いその人に「ふくいさん、このひと箱に銘を付けてください」と言われて、「文武(ぶんぶ)」という銘をつけました。
今回の場合は茶碗の柔らかで光の差すようなテイストに合わせて、黒の度合いを弱めているのでまた別の感じ。中心になる茶碗が異なると、男組であっても当然別の組み合わせになるというのを実感しました。さて、銘を付けるとしたら、どんな言葉が良いのか、どなたか名づけてくださらないかなあ……。
この茶碗を生かす色はどんな色?
と、ここまではすんなりと道具組が決まったのですが、最後まで悩んだのが茶杓と古帛紗でした。
今回、茶碗を生かすために、他の道具は色味を抑えるだけではなく、文様がはっきりしたものを加えなかったのですが、やりすぎると地味になり、むしろ茶碗の良さも半減します。そのバランスがなかなか難しいのです。
最後まで悩んだ茶杓と古帛紗。茶杓は歴史ある窯元・朝日窯への敬意を表すために、竹茶杓を使いたいと最初から考えていましたが、ただの白竹ではつまらないので、知り合い(東男ですが)が削ってくれた1本を使うことにしました。しゅみ竹の一種でしょうか、皮目に表情のある茶杓を選んでいます。
いちばん悩んだのが古帛紗で、茶碗を生かす色は何かと思いを巡らせました。
銀鼠色の古典柄の紹把(しょうは)、現代作家の竹染めの真っ白な絹織物、インドで見つけてきた朱色の絹織物の3点を合わせてみて、最終的には朱色を選びました。茶碗との色映りと、朝日窯が宇治上神社のお膝元であることから鳥居の朱色を想起してのことです。
ストイックな男組に朱色の古帛紗を加えると、ふわっと光が差し、全体が明るく仕上がった気がして、茶箱を持って宇治に向かいました。さて、松林さんはどのように感じてくださるだろうか。ドキドキです。
にっこりと笑って「賛成です」
朝日焼のShop & gallery奥にある茶室でお茶を点てる。ショップ奥にある茶室に道具を広げます。瓶掛と鉄瓶をお借りし、本日のお菓子は俊幸さんにご準備いただきました。
菓子皿も朝日焼。桜のこの時季にぴったり。「すずめ家」さんという菓子作家の、蕗の薹味噌の田舎饅頭。見た目の素朴さとは裏腹に中の餡の味が複雑で、口の中に春の香りが広がります。
わたしが菓子器に入れてきた桜味の金平糖も出して、さっそく松林さんに一服差し上げました。
今回の茶箱の取り合わせの考え方を話すと、うなずきながら聞いてくださる松林さん。最後に古帛紗に迷って朱を選んだことをお話しすると、松林さんはにっこりと笑って「賛成です」と言ってくださいました。心の中で「よかった」と呟くわたし。
静かに茶を味わった後、茶碗を手で包み込みながらその存在を確かめる松林さん。ご自身の茶碗で薄茶を喫し、大切そうに手の内で肌を確かめながら、「こういうふうに自分の茶碗で、誰かにお茶を点てていただくことはなかなかないですね」と少し嬉しそう。それを見ていて、わたしも幸せな気分になります。お茶って、こういう瞬間があるからたまらないのです。
今回は、わたしの茶箱に合わせて松林さんが茶碗を焼いてくださり、その茶碗に合わせて今度はこちらが道具を組んだわけで、その応酬もまた楽し、です。
茶箱ひと箱をめぐるコラボレーションの醍醐味
ところで、朝日焼は遠州好みの茶陶に関わっていただけではなく、江戸後期から盛んになる煎茶の道具においても歴史ある窯元。代々伝えられた道具のラインナップも豊富です。
今度はショップ店主の俊幸さんが煎茶器を使って玉露を振る舞ってくださることになりました。茶どころ宇治の窯元だけに、お茶に長らく親しんできたことがうかがえる慣れたお手前。濃厚な1煎目、抹茶とはまた違うストレートな茶の精を感じます。
ロングセラーの河濱清器セットの茶碗で玉露をいただく。合わせてくださったのは、蕗と筍の干菓子。こちらもすずめ家さん製だそうで、砂糖漬けの野菜ですが、内側がレアで香りが立ち、濃いめの茶ととても合います。俊幸さんはショップで販売する茶菓子の商品開発もされているので、今日もどんな菓子が出てくるか楽しみにしてきたのです。
手際よく茶器を温めて、煎茶をいれてくださる松林俊幸さん。煎茶をいれてくださったショップのテーブルの向こう側にある大きな窓からは、光が燦々と差し込んできます。窓はまるで額縁のように宇治川の風景を切り取っていて、水面がキラキラと光っているのを眺めながら、さらに2煎目、3煎目といただきました。
宇治川沿いには桜の木が何本もあり、ハラハラと花びらを散らしていた。時代を経て洗練を重ねてきた器でいただく贅沢なお茶のひととき。久しぶりに松林豊斎さん、俊幸さんご兄弟とご一緒しながら、茶箱ひと箱をめぐるコラボレーションの醍醐味を楽しませていただいた一日となりました。