最近、漆の片口を求めました。
茶箱あそびを常とする身、ここ2年ほど、外でのお茶の点て方を試行錯誤してきました。以前なら茶箱に組んだ1つか2つの茶碗を使って、みんなでお茶をまわし飲みしていたものです。
もちろん使うたびに湯を通し、茶巾で清めてはいましたが、今はさらなる清浄が求められるようになっています。室内のお茶なら、水屋で茶碗を洗えば済みます。しかし、湯や水も持ち出さなければならない屋外ではそれにも限界があります。
ニューノーマル時代のお茶の楽しみかた
親しくしている茶友たちと時折、京都御苑や鴨川べりで、早朝の野点を楽しんでいます。6時か7時頃に集い、持参した軽い朝ごはんやお菓子を食べて、お茶を喫するのはとても気持ち良いもの。以前は誰かが茶箱を持ってきて人数分を点てていましたが、今はまわし飲みを避けるために、それぞれがマイお茶セットを持ってくるというスタイルが定着しています。
なにしろみんな茶湯好きメンバーですから、いそいそと愛用の茶碗や他の道具を準備。抹茶は互いの銘柄を譲り合ったりもしますが、お茶は各自マイ茶碗で点てる。そして一緒に喫する。自服を共にする、とでもいいましょうか。これまでではあまり考えられないスタイルですが、互いの道具を愛でながら楽しい時間を送っています。
今回は、幅40cm近くある大きな手提げ籠で茶箱を組んでみることに。頼りになる「日日gallery nichinichi」へ
ただ、相手が必ずしもお茶をたしなんでいるとは限りません。お茶友の集まりなら道具の心配もないのですが、「抹茶をのんだことがない」という人にも一服差し上げたいと思うわたし。どうにかならないものかしら。
ヒントは昨秋に開いた茶会にありました。久しぶりに開いたこの会では、のみ比べていただきたい抹茶があり、客人に薄茶を2服差し上げました。
1服目はそれぞれにお点てするとしても、2服目をどう出そうか。少人数の席とはいえ、全部茶碗を変えて2服点てると数も相当なことになり、わたしの手持ちではとても追いつきません。そこで2服目は大きな片口で点てて、1碗目の茶碗へ注いでまわることにしました。
そのためにたっぷりとお茶が点てられそうな大きな片口を探して、訪ねたのが「日日gallery nichinichi」(以下、日日)。
日日のオーナー、エルマー・ヴァインマイヤーさんとは20年以上前からのおつきあいです。鋭い審美眼で集められた器たちは、道具としての機能がしっかりしている上に、どれもすがたが美しい。最初の出会いも、そのころ欲しくてたまらなかった角偉三郎さんの合鹿椀(ごうろくわん)を、エルマーさんが開催されていた京町家の展示会で見つけたことから。
その後も時々ギャラリーを訪ねて、漆ややきものの器を連れ帰ったり、ずっと探していた希少本の『信楽大壺』(土門拳著)を2冊持っているということで、分けてもらったり。ともかくエルマーさんのところには、こちらのツボ(シャレではありません)を押さえた出会いが必ずあるので、すぐにモノに恋するわたしは「事故」が起きないよう、頻繁には近寄らないようにしつつも、なにかという時にはお頼りするという感じの関係なのです。
「片口」って使える!
昨秋の茶会用に求めた大きな黒の片口は、浄法寺塗のクラシックなフォルムのもの。高台が高く、注ぎ口もすうっと伸びていて非常に使いやすく、気に入りました。長盆の上に真っ黒な片口と湯を入れた吉野塗の湯桶を据えてみると美しく収まりました。
茶会で使った片口と湯桶。茶会では友人が作務衣姿で点前をしてくれて、わたしが席中をまわりながらせっせと注いでゆく。清浄を保つため苦肉の策で生まれたこのスタイルは、禅の食事の作法にもどこか通じるような雰囲気があり、お客さまにもなかなか好評でした。
片口使えるなあ。
片口を使えば、何度もお茶を点ててそれぞれの茶碗に注いでゆけるし、器をそのつど清めなくて良いので湯水も節約でき、かつ清らかなお茶を差し上げることができる。これをふだん外で行う茶箱あそびにも応用できないだろうか。と考えて、今回はもう少し小ぶりの片口を求めることにしたのです。
茶碗、振出し、茶巾筒はいずれもドイツで求めてきたもの。"バッグ イン バッグ"をヒントに
日日に連絡を取ると、エルマー夫人の奥村文絵さんが対応してくださり、久しぶりにお伺いすることに。フードディレクターでもある文絵さんにはおいしいお菓子を教えてもらったり、彼女の誘いでギャラリーの催事で茶箱のお話をさせていただいたりしています。
日日の空間は、もともと日本画家の邸宅だった古い数寄屋を改装した美しいもので、庭に面した大きなメインルームの座敷をはじめ、カウンター席ながらも茶室の趣を感じさせるティールームなどがあります。
黒塗りや朱塗り、外が黒で内が朱の片口などを出してきてくださった中から、わたしは朱色のものをいただきました。この片口を核にして外に持っていく茶箱を組もうという魂胆です。近いうちにこの片口でお茶を差し上げる約束をしてこの日は一旦退散。
さて、小ぶりとはいえ、直径が15cmほどあり、さらに長い口のついた片口を茶箱に組むとなると、相当大きな一式になります。箱に組むと他の道具たちが中で泳いでしまいそう。外に持っていく際のポイントは道具が動かないように組むことだから工夫が必要です。
去年の夏にこの連載でガラスの小さな片口を茶箱の中に組んだことがありましたが、今回は考え方を変えたほうが良さそうだな。
そんな時にふと思い浮かんだのは、おしゃれな女性が大きなカバンの中に小さなバッグインバッグを入れているシーン。小物など細々としたものを小さなバッグに入れて整理する。これ茶箱に応用できるのでは。片口や茶碗は直接籠に入れるけれど、他の道具はさらに小さな籠にまとめてみようか。
茶碗と片口以外を小さな手提げ籠にまとめて入れて、さらにそれを大きな籠に入れる。という感じで今回できた片口用の茶籠。大きな手提げ籠に布を敷き、その中に同じ布で包んだ片口や茶碗を入れます。そして空いたスペースに茶器、茶杓、茶筅、茶巾、菓子器を入れた小さな手提げを入れました。
お菓子も個包装の焼き菓子をフエルトの手提げバッグに入れて大きな籠の中に。
籠に入れる茶碗と片口、保護のために布で包む。ドイツの道具たちに、赤地友哉(あかじゆうさい)の金輪寺茶器に利休形の象牙茶杓を合わせる。外に持っていくとはいえ、審美眼鋭きエルマー夫妻には、カジュアルな道具ばかりだと軽くなりすぎるような気がして、この2つの道具でバランスを取る。心強い味方のお陰で、大満足のお茶時間に
後日、文絵さんを訪ねてお茶を差し上げました。
玄関を入ると正面の土壁には季節の花。竜胆が蕾を開き始めていました。
日日の玄関に活けられた花。庭を望む洋室に案内してくださって、小さなテーブルの上で道具を広げます。
洋室に案内されて、これから道具を広げるところ。片口や茶碗を包んできた布をテーブルの上に広げれば、そこは点前座に早変わり。順番に道具を出してゆくと文絵さんが「きゃーっ」と声を出して喜んでくれました。すっかり茶箱道具の一員になった片口を見てうれしそう。
包み布をそのまま敷いて点前座に。まずは2人分を片口で点てて、日日近くの洋菓子屋さん「村上開新堂」で求めてきたロシアンケーキを食べつつ一緒に一服。
個包装のお菓子はフエルトの籠に入れて。「こういうお茶の時間は大切ですね。毎日の生活に追われていると、仕事とか諸々こなすことを優先してしまって、どこか我を失っているんですよね」と文絵さん。
「そう、ついつい、自分のことが後回しになっちゃう。なにをするにも、本当は自分こそを大切にすべきなのに」とわたし。
「TO DO リストの優先順位の中で、自分が最後になる……」。
「うんうん、わかる。やっぱり自分を喜ばせる時間は大切」。
などと話していると、文絵さんがハッとした顔をされて、「ふくいさん、他のスタッフにもこのお茶箱を見せてもいいですか。わたしだけが見ているのもったいない」とおっしゃるので、「もちろん、大丈夫ですよ。呼んでください」と申し上げたところ、若いスタッフさんたちが、思いのほかたくさん登場。
カフェオレボウルに見立てた茶碗で一服。こんな静かなお屋敷にこれだけのチームがいたとは!と思いつつも、今日のわたしには心強い片口という味方がいるので、ひるみもせずに点てました。
6、7人のお抹茶を一斉に。そして、ギャラリーの素敵な作家ものの湯のみをお借りして、順番に次ぎ、皆さんに一口ずつですが、のんでもらいました。いきなり片口くんにパワーを発揮してもらい、若い人たちにも少しながらもお茶を差し上げられて満足です。
さあ、今度はどこでお茶をしようかな。楽しいお茶のセットがひと組ができて、これからさらにお茶のシーンが増えていきそうです。