京都暮らしの魅力のひとつは、伝統的な物つくりが身近なことです。建築や庭園など空間を形づくるものから、さらにまわりの調度品、日常的には四季折々の食材や菓子、生活道具の一つひとつに至るまで、古人の知恵と技の集積のような手仕事に出会えます。いや、出会うよりも暮らしに入り込んでいて、自然になれ親しんでいるともいえます。
きもの関連だけではなく、日常に彩りを添える品が並ぶeiziya ZOUの店内。きものも同様で、親や親戚たちのTPOの装いに自然に触れたり、あるいは稽古事の世界などでさまざまな教えを受けるうちに、自然に知恵が身についてゆく。なにしろ着倒れ文化の本元ですから、作り手も織り専門、染め専門に分かれるのはもちろんのこと、たとえば繍いであったり、絞りであったりと、それぞれ細分化された職人技が生き続けています。
一方、いつの時代も新しい試みを重ねてゆくこともこの街の特徴です。伝統技を生かしつつ、現代生活にあった製品を提案するショップを持つ老舗も少なくありません。
日本の伝統美を現代の感覚で楽しむ
今回、訪ねたのもそのうちの一つ。織元・永治屋清左衛門が2020年6月にオープンした「eiziya ZOU」は、呉服の名店が立ち並ぶ室町通と、観光客にも人気の三条通の交差点に店を構えます。
正倉院文様などの古典柄を生かしながらも、現代感覚に合う色味やデザインに進化したきものをはじめ、バッグ、草履、装飾品などの小物なども豊富なラインナップ。和装だけではなく洋装でも違和感がない品揃えが特徴的です。
また店内には、自社商品だけではなく、海外ブランドのウールストールや、菓子作家とのコラボで生まれたオリジナルクッキーなども並んでいて、セレクトショップとしての楽しみもあります。
和装小物や象の形などが満載のアイシングクッキーも人気。店内ビルの上階では、時折、手仕事の伝統に触れる体験イベントなどが開催されており、わたしは以前にフランスの人間国宝の扇作家シルヴァン・ル・グエンさんのワークショップに参加したことがあります。
シルヴァン・ル・グエンさんのワークショップに参加した際につくった立体的なデザインの扇子。日本人にはない発想から生まれたシルヴァン氏の扇子をご本人のレクチャーとともにいくつも拝見した上に、扇子づくり体験まであって、まさに伝統と今という時代に触れるワクワクした時間を過ごしました。
難題山積! 布を主役に茶箱を組む
eiziyz ZOUのオーナー永井洋三さんはじめ、スタッフの皆さんは、わたしの茶箱に興味を持ってくださっていて、「何か一緒にやりたいですね」と言っていただいていたので、今回はeiziyz ZOUさんの布を使って仕覆(しふく)などの包みをつくり、それで茶箱を組むことになりました。
打ち合わせでお尋ねすると、いくつもの織り色を試した見本布がたっぷりを入った段ボール箱が用意してあり、「どうぞお好きに選んでください」と言われて、恐れをなすわたし。しかし、こんな機会はないと、中から何種類かの布を選ばせてもらいました。
永治屋清左衛門の布類と、その布を使って生まれた仕覆たち。うわあ、どんな仕覆にしようかな。複雑な織り組織が魅力の貴重な布たち、できるだけ無駄に切りたくないと思っていたら、永井さんが「これも持っていってください」と古典的な狩猟文が織られた大きな錦布(上の写真で下に敷いている布)まで渡してくださいました。
いつもは道具ありきで、それに合わせてどう仕覆の布を選ぶかというのが定石ですが、今回は布優先。さて、どんな道具を選ぼうか、難題です。
中には試し織りをしても扱いがデリケートすぎて、実際には製品化しなかった一点ものの布もあります。布と道具のバランスがかけ離れないようにしたいし、さらには今回は単体の仕覆だけで終わらず、それで茶箱をひと組仕上げるところまで持っていきたいのです。難題山積み!
布を預かった日から、頭の中でシミュレーションが始まりました。道具はもちろん、それを使うeiziya ZOUの人たちの顔や場所のことも想い浮かべます。
今回は店舗ビル2階のテーブルでお茶を点てるつもりなのですが、その部屋は窓が2面に大きく切られていて光が綺麗に入ります。そしてお店の商品たちも伝統柄でありながらどこかモダンで明るい。それに合う道具組。
さらに季節は12月。今回は古い道具は違う気がする、でもあまり軽すぎると布と合わないな。どこか和の、京都の今の手仕事の美しさを感じさせたい。そして冬っぽくどこかで温かみがありながら、明るい光を感じるひと組がいいなあ。
布を生かしたこの時期らしいひと組に
そうして……。
約束した日に持っていった茶箱は、永井さんが最後に渡してくださった大きな錦に包まれていました。
錦布で包まれた茶箱。その包みを見て、お!という目をする永井さん。
「包みを解いていただけませんか」とわたし。
「え、いいのですか」
永井さんは、ゆっくりと大事そうに包みを解いていきます。イギリスの金唐紙の茶箱が登場、その蓋も開けてもらいます。
その包みを解いて、茶箱を開けるオーナーの永井洋三さん。中は京都の現代作家を中心に道具を組んでいました。12月ですので、クリスマスを意識して、こんもりと積もった雪のような白い茶碗を中心にし、そこに他の道具で金や銀色をポイントとして加えていきます。
茶箱と仕覆に包まれて茶箱に収まった道具たち。布の文様が生きるように、道具は基本的には文様のないものを選んでいるのも特徴。茶杓だけは少し古い漆のもの、菊と桐の文様が蒔絵されていて、これは布たちの古典柄と呼応するような気持ちで。
茶碗の仕覆は、繊細な織り文様の布に2色の試し織りがなされていたもので、それを片身替わりにしました。緒の色、裏地の色で雰囲気が変わるので、そこも慎重に。裏地は少し古い白の繻子を、緒はブルーグレイを選びました。永井さんは仕覆を眺めながら、
「布だけだった時と印象が変わりますね」
「そう、きものと同じです。たとえば緒選びは、きものでいえば帯締めを選ぶようなものです」
と答えると、深くうなずきながら、順番に道具をご覧になっていきます。
「一服差し上げましょう」
と、わたしは包み布にしてきた錦の上に道具を並べはじめました。今日は、この布の上が点前座。菓子はeiziya ZOUオリジナルのアイシングクッキーを使います。
道具を錦布の上に並べて、お茶を点てる準備をする。狩猟文の錦布も地色に3色のパターンが試されていました。そしてエキゾチックでクラシックなこの布は、金唐紙茶箱の仕覆にするのにピッタリの大きさと雰囲気を持ち合わせていました。しかし、わたしはどうしても裁つことができず、そのまま二重に縫い合わせて包み袋、兼点前座用の布にしたのです。
さらに古帛紗にした鹿と鳥と唐草が描かれた正倉院文様の布も同じ文様で3種類の色が織られており、こちらは2色を古帛紗に、1色を茶杓の包みに使いました。
茶巾皿と振出の布は、何かの試作のためかすでに裏打ちがされていたので、そのまま袋状にして生かしています。全体的に明度の高い布たちが、重厚な錦の上で光を放つ仕上がりになり、ホッとひと息つくわたし。
古帛紗の上にのせた茶碗。
菓子はeiziya ZOU製のクッキー。お茶を一服、口にされた永井さんもまた、ふっと緊張を解かれて「おいしいですね」と言ってくださいます。
お茶がもたらす“日常の中の非日常”
この連載でもなんども触れていますが、お茶ってどうして人をホッとさせるのかと思います。
その理由はいまだによくわかりませんが、この瞬間が好き。
「ZOUさんのアイシングクッキー、抹茶に合いますか」とわたし。
「はい、合いますねえ」と永井さん。
そして「この一瞬、別の時間になりますね」と。
「そう。お茶をしていると、日常の中に、そこだけ非日常ができる。不思議なんですよね」
「うん、なんだろうな」
などど、話している穏やかな時間。きっと永井さんはお忙しい中でこの時間をつくってくださったに違いない。わたしも相伴して一服いただきました。
ようやく人が少し往来できる時期が訪れています。
年の終わり、久しぶりにみんなで集い、お茶をするのもよし、また忙中閑に一人で“ホッとタイム”を楽しむもよし。どうか皆さまも日常の中の非日常、素敵なお茶の時間を楽しんでくださいますよう。良いお年をお迎えください。