3月 旧暦で雛あそび
雛祭りはいくつになっても心が躍ります。上巳(じょうし)の節句(節供)と呼ばれる宮中行事の流れを汲むためでしょうか。お雛様を飾るだけで、ふだんとはちょっと違う雅やかさが、日常に舞い降りてくる気分になるのです。
女性はみんな雛祭りが好き。私も大好きで、新暦3月3日を過ぎても上巳の節句の飾りを片づけず、旧暦の3月3日が終わるまで、そのしつらいを楽しみます。
フローリングに毛氈を敷いてお茶の空間に。白い壁を床の間に見立て立ち雛の絵を飾る。上巳にかかわらず、端午・七夕・重陽など五節句の行事は、旧暦のほうがしっくりと気持ちになじみます。これらの行事は、浄化の意味をもち、天と地とわたしたちが繋がる機縁ですから、本来その行事が生まれた季節感が大切なのです。
桃や菖蒲など節句に用いる植物の成長も、旧暦の時季に合っています。関西の旧家などには旧暦を重んじる風習が残っていますから、3月の雛祭りも旧暦で行うおうちもまだまだあると思います。
有職彩色の貝覆(かいおおい。「貝合わせ」とも)を床前に飾る。まあ、そんな風習や謂れよりも何よりも、私が旧暦で雛祭りをするのは、雛人形や上巳節句の飾りを、できるだけ長く飾っていたいと思うからです。
節句の飾りは、節日が終わるとすぐに片づけるように昔から言われています。旧暦で行えば、この愛らしい飾りや雛人形を通常よりさらに1か月ほど長く楽しめるのです。
今回の茶箱は扇面の蒔絵が施された小箱。もともとは化粧道具用だろうか。今月は雛の日のしつらえでおうちに人を招いて楽しむひと箱を。白磁の瓶掛に銀瓶を合わせ、蒔絵の小箱に道具を組みます。
思えばずいぶん前ですが自宅に人を招いてお抹茶を点てたのは、雛祭りが最初でした。ちらし寿司やはまぐりの吸物を用意し、少しお酒をいただき、食後に菓子とともに抹茶を点てたくらいの、茶会というにはあまりにもささやかなものだったと記憶しています。
雛あそびは雅な気分を味わいたいので、中の道具も少し古いものを集めて。私は生活の中にあまりたくさんのイベントごとを作らないほうですが、雛祭りはずっと定番行事。友人と過ごす雛の日はいくつになっても楽しいもので、今でも新暦上巳節句から旧暦上巳節句のいずれかの日に親しい人を呼んではひねもすのんびりとあそびます。
3月3日だけに日を限定すると、なかなか集まりにくいですが、「新暦3月3日から旧暦3月3日まで」というゆるやかな設定であれば、無理なく続けることができています。
作法通りに我が家の「床の間」を拝見してくれる友人。柔らかもののきものが雛祭りの気分。今年はお茶を教えている友人と一緒に一服を楽しみました。この日は午前中に茶婚式の手伝いをしていたのだとか。新郎新婦が一碗の茶を通して結ばれるという結婚式のスタイルだそうです。着慣れたきもの姿は刺繍や絞りが施された華やかな春色。ささやかな茶箱あそびであっても、ハレの装いは嬉しいもの、とお迎えしました。
菓子は雛祭り用の生菓子の詰め合わせ。菓子は雛菓子の詰め合わせで、小さな薯蕷饅頭、ういろう、よもぎ餅、きんとんの4種の生菓子が入った可愛らしいもの。雛サイズの縁高重箱に入れ、土器(かわらけ)で取りわけます。
土器は伊勢神宮参拝の折におはらい町で求めてきたもので、ふだんからよく菓子皿に使っています。こういう祓えの行事には、お客さまにちょっとお供えするような気分でお出しします。
「姫、お茶をどうぞ」と一服差し上げる。いい大人が、この時だけままごとあそびできるのも雛祭りならでは。ゆるゆるとお茶を点て、一緒に味わい、会えずにいた間の近況報告なども済ませて、さらにまた一服。この部屋に今、お雛様(お姫様)は何人いる?などと他愛もないことを話しながら、日常の塵芥を落とし、笑いながら過ごす、禊ぎのお茶の時間です。