きものの文様 きものに施された美しい「文様」。そこからは、季節の移ろいを敏感に取り入れてきた日本人の感性や、古来の社会のしきたりを読み解くことができます。夏の文様を中心に、通年楽しめるものや格の高い文様まで、きもの好きなら一度は見たことのある文様のいわれやコーディネート例を、短期集中連載で毎日お届けします。
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名物裂(めいぶつぎれ)文様
茶の湯の世界では、わび茶の大成者である千利休(せんのりきゅう)など著名な茶人が名品と認めた道具を名物(めいぶつ)と呼びます。名物裂(めいぶつぎれ)とは、これらの茶器の仕覆(しふく)や袱紗(ふくさ)などに用いられた裂(きれ)のことです。これらの多くは、貿易品として鎌倉時代から江戸時代初期に中国経由で日本にもたらされた、インドの更紗(さらさ)や東南アジア諸国の染織品の影響を強く受けています。
文様を織り出す手法によって、金襴(きんらん。金糸で模様を織り出す)、銀襴(ぎんらん。銀糸で織り出す)、緞子(どんす。生糸や練り糸で地紋織物に織り出し、地が厚く光沢がある)、間道(かんとう。縞文様を織り出す)、錦(にしき。2種類以上の色糸を用いて文様を織り出す)、風通(ふうつう。表と裏を同じ文様に織り出す)、紹巴(しょうは。山形の斜文線を織り出す)などがあります。
また、名物裂には利休緞子や角倉(すみのくら)金襴、和久田(わくた)紹巴など、独特の名前がついています。それらは道具の名前からとったもの、裂を愛し、所持していた人物の名前からとったもの、裂が作られていた地名や所蔵寺院からとったもの、裂自体の文様からとったものなどさまざまです。
これらの文様は茶道の世界だけでなく、気軽なお洒落着としてきものや帯に生かされています。
吉野間道(よしのかんとう)
京都の豪商茶人、灰屋紹益(はいやじょうえき)が島原の名妓吉野太夫(のちに紹益の妻となる)に贈った裂と伝えられ、それが名前の由来となっています。
臙脂(えんじ)や白などの細縞で囲まれた太い縦縞と、真田紐(さなだひも)状に横に織り出されている浮織り縞(文様部分の糸が地より浮いて見える縞)による立体的な縞文様が特徴です。
写真のように、赤、茶、白で格子に織ったものもあります。
有栖川錦(ありすがわにしき)
幾何学的な構成の中に、様式化した動物文や草花文などが描かれています。写真は加賀藩前田家伝来の著名な有栖川馬文を模したもの。長方形を隅切(すみきり)にした八角形の窓を織り出し、その中に馬文を配しています。
糸屋風通(いとやふうつう)
千利休の門人である糸屋宗有(いとやそうゆう)が愛蔵した裂を「糸屋裂」と呼びます。地の算崩(さんくず)しの文様には白と紺の2色を使って風通に織り、また、金糸で仏具の輪宝(りんぽう)を上文に織り出してあるため、糸屋輪宝ともいいます。
伊予簾(いよすだれ)
大名物(おおめいぶつ)安国寺肩衝(かたつき)茶入、中興名物伊予簾茶入などの仕覆に用いられ、名称の由来にもなっている伊予簾緞子が本歌。縞柄に小さな石畳の地紋を配し、梅鉢(うめばち)と宝尽くし(宝尽くしの文様の記事は
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太子間道(たいしかんとう)
名前は縞を意味する間道がついていますが、これは法隆寺に残る広東錦(かんとうにしき)のことで、経(たて)糸をほぼ5色に染め分けた平織の経絣(たてがすり)。名前は聖徳太子が用いたことに由来する説のほか、茶人の太子屋宗有が愛好したことからの呼称ともいわれます。
いちご錦(いちごにしき)
丸形の花文を苺に見立てたことからこの名があります。挽家袋(ひきやぶくろ。挽家とは、茶入を保管する木材の容器のことで、挽家袋に入れて保管する)などに用いられることが多い裂で、17世紀に中国南方やペルシャ方面で製作されたという説があります。苺裂とも書きます。
二人静金襴(ふたりしずかきんらん)
足利義政(あしかがよしまさ)が「二人静」を舞ったときの能装束に用いられた裂として、この名前で親しまれています。濃い紫地に向い鳳凰(ほうおう)の丸文を金糸で織り出したもの。大名物の茶入などに用いられています。
【向く季節】
通年
きものの文様
今回ご紹介した文様を含め、300以上もの文様を掲載。文様の歴史や意味が豊富な写真によってよくわかり、体系的に勉強することができます。きものを着る場合判断に迷う格と季節が表示され、こんな場所にお出かけできます、とのコーディネート例も紹介しています。見ているだけで楽しく役に立つ1冊。