11月
温故知新、水円舎の茶箱
古清水の茶碗を写した現代陶芸家の作品。古い意匠を生かしつつ、現代の空間にも合うモダンな姿。今月は、自身が主宰する「水円舎(すいえんしゃ)」の茶箱道具についてお話ししようと思います。水円舎では、日常の中で茶の湯や日本文化を楽しむ方法を、出版、商品開発等を通して提案しています。
立ち上げの発端はやはり茶箱。茶箱に道具を組んでいると、どうしても自分のイメージにぴったりのパーツが揃わないことがあります。それなら「誰かに新しく作ってもらおう」と思い始めたのが15年ほど前。まだまだ趣味の域で、知り合いの工芸作家さんに茶器の蓋を作ってもらったり、茶碗のサイズを指定して作ってもらっている程度でした。
出版社に勤め、お茶に関わる本の編集に携わっていたので、さまざまなお茶の場面に立ち会い、茶に関わる方々と出会い、美術工芸品に触れさせていただいたことも、とても幸運だったと思います。
そこでいつも感じていたのは、日本文化の穏やかで調和のとれた美しさ。その文化がいまだ途絶えていないことへの喜びです。各分野の作り手が現役で存在することの貴重さを、わたしたちはもっと自覚して良いと思います。
また、京都暮らしを幸せに思うのは、ここは物作りの都でもあること。たとえばきものが誂えであることはこの町では当たり前ですが、たくさんの文様帳からTPOに合う柄を選び、色見本から映りの良い色を選んで染めた一枚を作ることができるのは、さまざまな技術を持つ職人さんと、それを取りまとめる呉服屋さんや信頼できる悉皆(しっかい)屋さんが身近にあるからです。
お気に入りの、源氏香図の誂えきもの。日頃から教示を受けるきものの師が、わたしに合う文様と色を決めてくれた。きものに限らず、茶会の和菓子などでも意匠を店主と相談することもありますし、日常に使う道具も、その道の職人に作ってもらうことができます。京都にはさまざまな分野のプロの作り手がいて、自身が欲しいものが何かわかってさえいれば、たいがいの物を作ることができるのではないかと思います。
誂えは贅沢品のようにいわれますが、決してそうではなく、その人に必要な「ひとつだけ」を作ることは、妥協した何かを複数持つよりもずっとエコな思想なのです。
茶箱の道具でいえば、脇を固める茶筅筒や茶巾筒はなかなか気に入りを見つけるのが難しく、それらを一から作ってくださる職人さんなども探し始めました。
京都の桶職人・近藤太一さんに依頼し、桶作りの技法で作ってもらった茶筅筒。輪島の漆作家・山口浩美さんと相談し、生まれたモダンな文様の棗。また時には、手に入れたは良いが、使うのをためらう道具が出てくることもありました。たとえば少し古い茶碗。使う前にぬるま湯につけておくと、乾いているときにはただただ美しかった古清水の肌にシミがいっぱい浮かび上がってきたり、名工の楽茶碗がものすごい臭いを発したり……。
出会ったときには小躍りし、多少なりとも頑張って手に入れたのに、これでは使えない。それなら誰かに写しを作ってもらおう。古清水の流れを汲む粟田焼の作家さんに相談したところ、ご自身のルーツにも繋がる古い茶碗を面白がってくださって「やりましょう!」と快諾。
右が江戸末期の古清水。茶碗ではなく向付か何かだったのではないだろうか。左は粟田焼の安田浩人さんに写してもらった水円舎の古清水菊文筒茶碗。さらに道具が入りやすくて、寸法の良い箱を求め、古い茶箱を集め、使い勝手を確かめるために、道具を出したり入れたり、持ち歩いたり。いくつか箱や籠を寸法を指定してオーダーするようにもなりました。そうやって試行錯誤を重ねるうちに、だんだん茶箱として大事なポイントがわかってきました。
驚いたことに、最終的に「これだ!」とたどり着いたサイズは、古い文献にある寸法とほぼ同じでした。どんなに新しいことをしているつもりでも、古人はすでにちゃんとわかっていて実践済みで、自分はとても及ばない。そう思い知る一方で、昔の茶人とどこかで繋がった気持ちがし、嬉しくもなったものです。
水円舎の茶箱。使い勝手を考えたシンプルな「モダンシリーズ」(奥)と、桐木地に日本の伝統的な加飾を施した「クラシックシリーズ」(手前)がある。サイズは共通。今はほとんど作られていないそのサイズで、きちんとした茶箱を作ろうと、近所にいらした同年代の指物師に相談に行くと、その寸法の茶箱のことをちゃんとご存じでした。「俺は作ったことがない、親父も。でも祖父は作っていたよ」と。それが今の水円舎が作る茶箱の元になっています。
試作品の茶箱を作り終えると、新たに中に入る道具は、知り合いや気になる工芸作家の方や、京都の各分野の職人の方に依頼しました。今でも残る日本の素晴らしい工芸技術を結集し、使い勝手も兼ね備えた茶箱を作りたい。内側から湧き上がってくる「茶箱愛」ともいえる衝動を、もう抑えることができなくなってきたのです。
作り手の方たちも、茶箱というアイテムを面白がり、でき上がった作品が他の道具と合わさることで生まれる世界を喜んでくださいました。
水円舎オリジナルだけではなく、好きな道具は提供をお願いすることも。モダンな茶杓は家具デザイナーの久野輝幸さんの作品。そんな訳で水円舎の茶箱と道具たちは、わたし個人が使い手として選んだものが基準になっています。仕事を通して学んだ伝統の茶の湯と自身の趣味から生じたさまざまな試行錯誤。そこから生まれたことごとを他者へ伝える活動をすると決め、水円舎を立ち上げたのは4年前の2016年12月5日のことでした。それはまさに「古き温ね、新しきを知る」営みの積み重ねであると感じています。